第3話
気が付けば私は横断歩道に立っている。地面に黒い跡があった。きっと誰かがタイヤできりつけて走り去ったんだろう。
歩行者用の信号が点滅していた。
ははっ。疲れすぎて立ったまま一瞬寝落ちしたらしい。
さ、早く家に帰ろ。帰って寝よう。
自宅のアパートの鉄階段を静かに上った。ここで音をさせると大家のおばちゃんがキレるからね。
ハンドバッグから鍵を取り出して扉をあける。
はあ疲れた。
靴を脱いで短い廊下兼キッチンを抜け、部屋の電灯のあかりをつける。白色LEDの冷たい光が溢れた。
誰も居ない家ってどうしてこんなに侘しい感じがするんだろう?
上着を脱ぎクローゼットにしまう。
イケメンが出迎えてくれればどれほど心が安らぐか。
愚にもつかぬ思いで振り返るとイケメンが居た。
年の頃は二十代半ばぐらい。生き生きとした目で周囲を見回している。そんな場合じゃないが、つやつやとしたほっぺが輝き若さに溢れていた。
「だ、だれ?」
スマホはさっき放り投げたハンドバッグの中だ。そのハンドバッグはイケメンの側に転がっている。
強盗? それとも他の目的?
見た目で判断しちゃいけないというのは分かっているつもりだけど、青年は悪い人間には見えなかった。
金はともかく、女には不自由しなさそうに見える。
「ああ。顔を合わせるのは初めてだね。えーとなんて言ったらいいのかな。私は宇宙人って言えば分かる?」
せっかくのいいお顔なのに発言が残念過ぎる。ん? 宇宙人? つい最近聞いた気がするけど……。
「あれは夢じゃ無かった……?」
「そうそう。早織を事故で潰しちゃった宇宙人。あ、でも約束通り肉体は修復したから心配しないで」
早織と呼ばれて思わず胸キュンしてしまう。下の名前で親しく呼ばれるのが久しぶり過ぎて、疑問よりも先にうっとりしてしまった。
いやいや、待て待て。
「なんで、私の名前を知ってるのよ? ひょっとすると無駄に顔がいいストーカーだったりするわけ?」
「やだなあ。早織の体の一部を使って、この次元に顕現化しているんだよ。持ち主を識別するための呼称ぐらい分かって当然だろ」
「ジゲン? ケンゲンカ? なにそれ?」
イケメンは懇切丁寧に説明してくれた。本体はメタバース空間にあるのだけど、私の体の一部にシュワルツシウム物質を照射することによって、原子がハールウ変換されて、実体化するのだそうだ。
たぶんそんなことを言っていた気がする。ちょっと固有名詞は自信がない。
「で、僕は早織の体に体液を循環させる器官を通じて存在しているんだ」
もう疲れがピークに達しちゃってるんだろう。幻覚も見えるし、幻聴も聞こえる。もう死ぬのかもしれない。
「もう、わけ分からないし、寝ていい?」
「あ。すまない。休息が必要なんだね。確かに他の器官はいつ機能不全になってもおかしくない状態だ。それじゃ、続きはまた後で」
イケメンの姿がふっとかき消える。
ちぇ、やっぱり幻覚か。もう寝よ。
私は電気を消してベッドに身を投げ出した。
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