時探偵・守
斎藤秋介
時探偵・守
おれはナビゲート機能にしたがい、いくつかの特異点をオートランしていった。
数はそれほど多くない。
まるで人生密度の薄さを表しているようだ。
「まあ、作家や言論家ごときでは、犯罪者には誰も勝てないだろ。犯罪者には。「犯罪に至っていない時点でおまえはニセモノの表現者」とか言われたら説得力が強すぎて勝てるわけがない。」
いや、これはインチキくさいインフルエンサーに時間を無駄にさせられたときや、芥川賞作家の出来レース作品を1500円で買わされ金を無駄にさせられたときに思ったものだ。
あまりにも有名な『罪と罰』を読んだときにも同じようなことを感じたかな?
「ああ、わかった……おれが真実強いやつなのなら、人に見られてうろたえることなどない。……これが「自己肯定感」というものの正体だったんだ……おれはいままで勝手に自分のメンタルを強いものと定義していたが、実際にはおれはひどく脆かったんだ。
おれは人に見られることが怖くて仕方がない。人に評価をくだされることが怖くて仕方がない。なぜなら、おれは社会性に対する――本物の能力や自信など、いっさい持っていないからだ。……おれが戦っていたものの正体は“自分の弱さ”……そういうありがちなものだったのか。」
いや、これは自己啓発セミナーで洗脳されそうになったときに感じたささいな気持ちだ。
実際にはこの一時間後、おれはすべてを忘れなにも変わらなかった。そもそも、おれは最強無敵のチート持ちだから変わる必要などないのだ。おれを騙そうとしやがってっ! クソ野郎がっ!
「この町は終わってる。馬鹿で無能なおまえが身勝手に離婚しなければ、おれはいまごろ新宿でシティーボーイをやっていた。おまえのせいでおれはこんな畑のなかで枯れ果てているんだよっ! ――決めたぞっ! おれは将来、おまえの年金をパチスロで使い果たしてやるっ!」
いや、これは毒親界隈をさまよいながら、悪い母親を八つ裂きにしているときのインナーチャイルドの発言だっ!
もうひとりのボクが勝手にやっていることだからおれには関係ないっ!
「日本人にSNSは使わせないほうがいい。俺にだけフォロワーができなくて俺が不幸になるからな。ブロック機能とかもよくない。多様性を強調する時代と矛盾しているし、すぐに対話を拒否する癖がついたやつは家庭を崩壊させる。人間関係リセット症候群は関わったやつらの可処分時間を奪う。よくないよ!」
いや、これはおれが15時間まえにツイッターに投げ込んだすっぱい葡萄だ!
どうせ無視されるのならSNSなんて概念ごと規制されてしまえと思ったね!
「おれは天才! ドッジボールで無双しているおれはあまりにも天才! おれは天才だからイキリ散らしていても許される!」
……いや、こんなこと思ったかな? おれはそんなに調子に乗っていた覚えはなかったが……もしかしておれは小一のころから馬鹿だったのか……?
「「ちげーよ! これは“イジリ”だよっ!」」
そうだよっ! おれはイジメられてねーよっ!
「「守くんってなんか将来ストーカーになりそう。興信所とか探偵事務所に勤めて個人的な恨み晴らしそう。わたしに関わらないでね」」
ばーかぁ! おまえの情報はすべて頭に入っているぅ!
身長161センチ56キロぉ……(省略)……日東駒専時代に出逢った高身長イケメン医学生に孕まされたあと捨てられるぅ! いまは実家のド田舎で親の介護をしながらシングルマザーをやっているようだなぁ! ――心配ぃすんなぁ! 児童相談所には通報済みだぁ!
「「ぐあああああっ!」」
ぐああああああっ! (はいっ、「あ」が一個多いから“いまのおれ”の勝ちね?)
「そのとき、異世界トラックがおれの真横を走り去った。おれは運良く当たらなかった。振り返ると、高校生が血溜まりのなかに沈んでいる。
ああ……生きているだけでマシなんだと。死の恐怖をごまかせている状態が最高なんだと。
死にかけたことでわかった。実際に。」
……? バグだ。おかしい。おれはこのとき、異世界に行けたはず……殺すっ! 殺す殺す殺すっ! 死ぬはずだったおまえを――いまおれがぶっ殺すっ!
そして、おれはこの世界から消えた。
時探偵・守 斎藤秋介 @saito_shusuke
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