第18話 失恋②

……!」

走り出した友理の背中に手を伸ばして叫ぶ。

自分も走って追いかけて行きたいのに、誰かに縄で繋がれているかのように身体が動かない。

追いつけなかったその背中は、私のもとには戻らないと言っているようだった。


私……友理に嫌われちゃった?


だから離れていったの?


嫌だ、絶対嫌だ、そんなの……。


友理……私のこと好きだと言ったじゃない。ならなんで私のもとを離れるの……?


私のことが好きなら傍にいてよ。離れていかないでよ、友理……。


どうやって家に帰ったのかよく覚えていない。

家に着いた私は、そのままソファーに倒れ込んだ。

ベランダから差し込む月明かりと、スマホの灯りだけが部屋をほのかに明るくしている。

ひたすら友理に電話をかけ続けて三十分が経ったけど、その電話が取られることはなかった。


なんで、友理……。


なんでこうなるのよ……。


あのネット友達と会うなって言ったから?


私こそ友理の彼女でしょう……?


私よりネット友達のほうがいいの……?


どうすれば友理を引き留められるの……?


もし私よりもそのネット友達のほうがいいと言うなら、私がそれ以上いい彼女になるわ……。


私に至らない所があったのなら、友理が言ってくれれば直すわ……。


絶対に、頑張って直すから……。


だから……離れていかないで……、お願い……。


友理に嫌われちゃったの……?


やめて……嫌わないで……友理が私を嫌わないで……。


もう一人になりたくないの……。


どんなに掛けても繋がることのない電話を見つめ、止まらない涙を拭う気力もなく、流れるままにする。

寂寥、不理解、悲壮が混沌と入り混じり色を濃くしていく。

何も考えられず、誰もいないがらんどうの部屋のソファーで一人すすり泣いている内に、意識はぼやけていった。


……寝てた……?

窓から差し込んだ朝日の眩しさで目が覚める。

昨晩かなり長いこと泣いていたせいか、まぶたが腫れているのが感じ取れる。

視界もなんだか濁っていて気持ち悪い。

どうにか身体を起こして朝のルーティンをこなす。

一晩経ったというのに、スマホには友理からの連絡は一つもない……。

もう既に腫れているまぶたの端がまた熱を持ち始めて、慌てて温かい水に浸して絞ったホットタオルをまぶたに当てて、なんとか自分を落ち着かせようとする。

目を閉じて、静かにホットタオルの暖かさを感じていれば、外にいる小鳥の高い鳴き声が聞こえた。

ホットタオルに、鳥の鳴き声と、朝日。

爽やかな朝の要素が、胸の痛みを少し緩和してくれたような気がした。

気持ちが落ち着いてきた所で、昨日の出来事を冷静に振り返ってみる。

客観的に考えたら何か打開策が見つかるかも知れない……。

昨日友理は、何も分からないままの私を置いて、泣きながら振り返りもせずに走り去っていった。

その直前、彼女は私が好きだと言っていた。

それが本心なのだということは分かっている……。

友理は本気で私を好きでいてくれている。

でもそれならなんで、あんな事になったんだろう……?


私には友理の考えていることが……分からない……。


……。


……。


そうだ……


私は友理を……。


友理がどういう女の子で、どういう考え方をして、普段なにを思っているのかを知らない。

なんでだろう……、私はずっと、私は友理という人間のことをよく知っていると思い込んでいた。

私は友理の彼女だから、毎週末デートに行っているから、だからよく理解しているはずだと。

でも……本当そうなの?って自分に問いかけたら、理解しているどころかなにも知らないことに気付いた。


いつも辛い時に励ましてくれる友理。


いつも私がしたいように抱きしめさせてくれる友理。


いつも私の甘えも頼みも全部受け止めてくれる友理。


この一ヶ月、友理と過ごした時間を振り返ってみたら、胸がギュッとなった。


友理はいつだって優しくて、輝いていた。


でも今は、まるでそれらがただの良い夢だったかのように儚く感じる。


なんで?


なんで私から離れたの?


私は友理のことを知らなすぎた……

友理が何に傷ついて、なんで泣いていたのかさえ分からないくらいに……。


ほんの数時間前に起こった、信じたくない出来事が鮮明に思い起こされる。

友理の泣き顔を思い出す度に心がチクリと痛んだ。


『私は……、玖嘉先生が好きですから……』


そう、友理は私のことをまだ好きでいてくれている。

友理は私を嫌ってなんかいない……

まだ嫌われていない……。

幸いにもそれだけは、私が今分かる『絶対』だった。

ホットタオルでまぶたを優しく押さえる。

もう泣いてる場合じゃない……。

私は知りたい。

友理が何を考えて、何が好きで、何が嫌いなのかって、知りたい……

十分すぎるくらい泣いて、私はやっと自分のやるべき事に気付くことができた。


友理を、知りに行こう。

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