第8話 小説
四月五日、日曜日、
来週月曜日は振替休日のためお休み。
つまり日曜日の今日は、普段の土曜日だということ~!
「でもその分週末の宿題も増えるということで」
机の上に並べられた宿題の山を見てため息をつく。
清明節。本来なら実家のお墓参りに行く日。
でも先生は故郷には戻らなかったようだ。
先週と同じように、ちょこちょこメッセージのやり取りをする。とりとめのない日常会話だった。
思いっきり外で一日遊んだ昨日の高揚した気持ちが、今日も続いて気分がいい。
イヤホンを着けて歌詞のない音楽を聞きながら、午後いっぱい掛けて週末の宿題すべてを終わらせた。
これで今日の夜と明日一日は自由に過ごせる。
夜、私は三十分かけて昨日のフェアで買った小説を読んだ。
小説は薄くて挿絵も多い。恐らく数千文字くらいしか無い。
二人の女子高生の日常を書いたもので、ストーリーはそこまで感動的と言えるほどのものではなかった。
ただ静かに、二人の女の子の気持ちの変化を淡々と描写している。
読んでいてなんとなく、この物語は作者の実際の体験に基づいたものだと感じた。
でなければ、ここまできめ細やかに心情の変化を書き出すことはできないだろうから。
高校時代で、自分の気持ちと生活を作品として創り出せる作者が、少し羨ましく感じた。
「女の子も貪欲になっていい……か」
数千文字しかなくてもいい。自己満足でもいい。私も書いてみたい。
「休みはまだ一日ある……」
本をパタリと閉じて、パソコンを開く。
私に書きたいと思えるきっかけを作ってくれた、この本の作者に感謝しなくては。
簡単に大まかな構成を決めて、キーボードを打ち始める。
軽い音とともに、画面に文字が並んでいく。
ソフトに入力された文字はその数を増していって、少しずつ画面を埋めていく。
短く捻りのないストーリーの輪郭をなぞりながら、頭に浮かんだ情景をパソコンの力を借りて描写する。
ふと画面右下に視線を移すと、いつの間にか夜十二時をまわっていた。
スマホを確認すると、先生はとっくにお休みの挨拶を送ってきていた。
窓の外では、遅くに降り出した小雨が窓を濡らしていた。
夜の自室で一人字を打っていると、頭の中のストーリーがより明瞭になってくる。
二日目、アスファルトの匂いが充満する雨の日。
玖嘉先生と朝の挨拶をしてすぐに、私はパソコンの前に座って続きを書き始めた。
朝の肌寒さも、学校のジャージを羽織ると過ごしやすくなった。
昼に近づくにつれ気温はどんどんと上がって、まるで頭から湯気が出そうな暑さになっていき、遠くない夏の気配を感じさせた。
空が暗くなってくるとまた雨が降り出し、空気の匂いを変えた。
ふぅ、と窓の外に目をやる。
遠いオフィス街に新しく建設中のビルは昨日よりも高く見える。
更に遠くの空には、雲に遮られ見え隠れする丸い月。
そして、一日と一晩かけられた三千文字にも満たない小説が完成した。
「で、出来た…!」
高校に入って初めて書いた小説。
「あとは…」
昨日買った小説のサイドのページには出版社の連絡先が書いてあった。
それを見ながら小説を出版社に投稿する。
念入りに確認したファイルをメールで出版社に投稿する。
やり遂げた感満載でため息をついてスマホを確認すると、玖嘉先生が最後にメッセージを送ってきたのはもう一時間半前のことだった。
背中からベッドに倒れ込み、拗ねているであろう先生に返信する。
今日の夜が終われば、清明節の休みも終わる。
振り返ってみれば、一日目に行った
ベッドの上でグーッと伸びをして、充実した三日間を思い返しては満足げに笑った。
投稿した小説が採用されるとは思っていない。
他の人に見てもらうためではない、ただただ自己満足のために書いたものだ。
その自覚は大いにある。
それでもやりたい事をやり遂げた。それで今は満足だ。
明日また、先生に会えるのが楽しみだ。
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