第6話 小恵(えちゃん)

光の筋が厚い雲を突き抜け、東門街道に降り注ぐ。

待ち合わせまで後十分というところで、道行く人々の視線を浴びながら地下鉄の階段を上がってきた少女。

やっぱり、私のネット友達、ちゃんである。

本名の林恵来りんえらいから一文字とって恵ちゃん。

見た目は可愛い萌っ娘だが、性格は外見にそぐわずとても気が強い。

濃い色のロングスカートが目を引いて、かなり離れていても、やってくる恵ちゃんに気付くことができた。

おーい、と手をふると、それに気付いた恵ちゃんもパッと笑って手を振り返しながら小走りでやってきた。

そして、久しぶりと声をかける間もなく、「ヘイッ!」という掛け声と共に抱きつかれてしまった。

「久しぶり、友理ちゃん!」

なんでしょ…、最近人に抱きつかれることが多い気がする。

「ひ、久しぶり、恵ちゃん」

そう言うと、恵ちゃんは身体を離して、私の目を覗き込んだ。

「えへへ、半年会わない内にまた綺麗になったね、友理ちゃん!今日の格好も似合ってるよ!」

「ありがと~、恵ちゃんも可愛い格好しているじゃん。日本のアイドルみたいだよ」

恵ちゃんは自分の格好をチラッと見ると、今度は感慨深そうに私を眺め始めた。

「この間会った時は確か、高校受験終わったばかりだったよね?なんかもう今は高校生!って感じ」

「ぷっー、高校生って感じ、ってどんな感じよ」

ふたりでキャイキャイはしゃいでいると、程なくして、恵ちゃんの後ろに三人の女の子が現れた。

先輩たちだ。みんな、それぞれの良さに合った格好をしている。

私が先輩たちに手をふると、恵ちゃんがそっちをくるっと振り返った。

近づいてきた先輩たちに、早速恵ちゃんを紹介する。

「こちらが私のネット友達の恵ちゃんです。私と同じ高一です」

間近で恵ちゃんを見た先輩たちが沸き立つ。

「やばい!友理の友達めっちゃ可愛い!」

部長の反応はまるで、生まれて一ヶ月のほわほわパンダを見たときのようだ。

「あ、ねぇ!その格好ってもしかしてことりちゃんのユーアール衣装!?」

「うん、ことりちゃんの衣装参考にしてるの!えへへ」

恵ちゃんの衣装に目ざとく気付いた尚美先輩。

「四人ともスカートなのに私だけパンツスタイル…、やってしまった」

千玲先輩だけがなぜか一人で落ち込んでいる。

きゃらきゃらした笑い声が周りに響く。

恵ちゃんは、私が予想していたよりもずっとスムーズに先輩たちと仲良くなった。

先輩や友達たちと遊ぶのは本当に楽しい。

誰にでも優しく合わせられる先輩たちと、常に堂々としている恵ちゃん。

共通の趣味や話題も合わさって、まるでずっと前から知っていたかのように笑い合っている。

そう考えると、趣味とは不思議なものだ。

共通の趣味があるだけで、全然知らない人とでも直ぐに距離を縮めることができる。

東門の商業街ショッピングがいの道はとても幅広く、両端には前世紀に建てられた建物が隙間なく並んでいる。

周りを見渡せば、私達と同じような若い女の子たちが至る所で思い思いに過ごしている。

じんみんほくのサ○ゼリアはご飯時になると直ぐに混むため、私達は十一時にならない内に入って六人がけの席に座った。

そして早めの昼食を取り終え、十二時頃にはアニメフェア会場の中に立っていた。

このアニメフェアは他のイベントと違って、ホールではなく、大きな会議室のような場所で開催されていた。

部長が言っていたとおり規模は大して大きくなく、会場の端から端まで一目で見渡せるくらいの広さしかなかった。ブースも約四十個程しかない。

しかしかなりの数の人が来ていた。

「友理ちゃん、見て見て!輸入小説がこんなに!」

恵ちゃんが私の手を引いて、入口付近にある一つのブースに進んでいく。

ブースには海外から輸入された本の他に、公式グッズも並んでおり、オタクの血が沸き立った。

こんなにたくさん物があると、見てるだけでも楽しい。

「あ、友理ちゃん、これ…!」

恵ちゃんが次に指差したのは、ある出版社の単独ブース。

ブースに並べられている小説は然程種類がなく、小さい出版社であることがうかがえる。

適当に手に取った本をパラパラをめくる。

「この本の作者はきっとあなたと同じくらいの年齢ね」

売り子をしているお姉さんがそう話しかけてきた。

「え、その人も高校生なんですか?」

「うん、そうよ」

お姉さんが笑ってうなずく。

私と同じくらいの高校生が書いた小説かぁ……

ちょっと気になる……

「あの、この本一冊ください」

私が買ったのを見た恵ちゃんが、同じものを手に取った。

「恵ちゃんも買うの?」

「うん……、友理ちゃんと感想を言い合いたいから。……友理ちゃんと話す話題ができるでしょ?えへへ」

そう言いながら、恵ちゃんは少し照れて笑った。

「友理、恵さまもこの本買ったの?」

部長が後ろから私達の手元を覗き込みながら聞く。

「はい、表紙も内容も私の好みそうだったので買ってみました」

「へぇ!あっちにも色々面白いの見つけたから一緒に見に行きましょ」

そんなこんなで、私達は小さな会場を駆け回り、目一杯アニメフェアを楽しんだ。

読めない日本語の本を保存用に買うか迷っている部長。

千玲先輩の姿をひたすら連射する尚美先輩。

ずらっと並ぶ様々な出展品に感嘆が止まらない恵ちゃん。

一緒に舞台劇を見る私達。

この小規模のアニメフェアの充実さは、私の想像を遥かに超えていた。

あっという間に四時頃になって、私達は大満足で会場を出た。


「今日はすっごく楽しかった!今日の事はきっと一生忘れないよ。誘ってくれてありがとう皆!」

恵ちゃんが改まって私達にお礼を言う。

「うぅ、恵さまこれからも沢山遊ぼうね!ううう……」

なんだろう……、部長の視線が憐れみを含んでいるように感じる。

「いつでも学校に遊びに来ていいからね!」

「なんか部員が増えたみたいだね~」

尚美先輩も千玲先輩も恵ちゃんのことを気に入ってくれたようだ。

友達との楽しい時間が少しずつ終わりに近づいてきた。

そしたら今度は、玖嘉先生とのデートだ。

会場を出た私達は朝通った地下鉄駅で別れ、先輩たちが階段を降りていくのを見送る。

恵ちゃんはなぜか私と一緒に残ったままだった。

「あれ、恵ちゃん地下鉄じゃないの?」

「うん……、友理ちゃんとバスに乗って帰ろうかなと思って」

バスだと地下鉄ほど早く家には着けないだろうに、わざわざ私のために一緒に帰ってくれる恵ちゃんは優しい……。

でも申し訳ないことに、私はこれから先生との約束があるからバスには乗らないのだ。

「ごめんね恵ちゃん。私これから他の人との約束があってすぐには帰れないの。でも一緒に帰ろうとしてくれたのは嬉しいよ!ありがとう」

「えぇ!?もう夜なのに、友理ちゃんまだ他の人に会うの?」

「うん……、ごめんね。あ、じゃあバス停まで一緒に行こうか?そしたら私も待ち合わせがしやすいし」

恵ちゃんの顔がどんどん曇っていく。

「友理ちゃん、まさか…彼氏でもできたの?」

「あ、いや……、彼氏なんて……いないよ」

彼女ならいるけど…。

私は女の子が好きで、もう彼女もいて、しかもその彼女が学校の先生だと知ったら、恵ちゃんはどんな反応するのかな。

結局私は正直に言えないまま言葉を切った。

恵ちゃんにもいつかは言うけど、今じゃないと思った。

私に彼氏がいないと知ると、恵ちゃんはホッとして表情が明るくなった。

そして私の手をとって、

「それじゃあバス停まで一緒に行こう~」とあるき出した。

以前から恵ちゃんは、一緒に出かける時のスキンシップが多い子だったが、今日はいつにも増して頻度が多い気がする。

ばい小学校のバス停でバスを待つ人は少なく、私達は空いた椅子に並んで座った。

腰を下ろすと、私の手がより一層強く握られるのを感じた。

……私ね、こんなに楽しい時間すごく久しぶりだったよ。誘ってくれてありがとう、友理ちゃん」

「先輩たちと仲良くなれてよかったね。私も楽しかったよ、ありがとう」

「うん、先輩の人たちも優しかったし、また遊びたいと思うよ。でもね……」

でも?

「友理ちゃんと会えたのが一番嬉しいんだよ」

え……?

夕日が恵ちゃんの顔を赤く照らす。

四月の風が見出した髪を、恵ちゃんは左手でそっと耳にかけた。

「えっとね……毎年、夏休みにならないと友理ちゃんには会えないでしょ?だから会うとなんか、夏休みだー、って感じですごくリラックスできるっていうか、開放感があるっていうか……そんな感じ、かな」

恵ちゃんの言葉が辿々しくなる。

「それに、……友理ちゃん凄く可愛いし」

突然の褒め言葉に驚く。恵ちゃんいきなりどうしたの……。

「そんなことないよ」

可愛い、という言葉がより似合うのは、誰から見ても恵ちゃんの方でしょ。

「先輩の人たちは凄く優しかったよ。話しやすかったし。…でも少し嫉妬しちゃったんだ。この人達は、友理ちゃんと同じ学校で、会おうと思えば毎日友理ちゃんに会えるでしょ?」

そういいながら、恵ちゃんの表情がまた沈んでいく。

「んー……、そうでもないよ。私と先輩たちは部活のときしか会わないし、部活も週一しかないから。確かにたまにすれ違ったりはするけど、それくらい」

それに、恵ちゃんが先輩たちに嫉妬って……。本当にどうしちゃったの。

「そっか……ごめん!変なこと言っちゃったね!」

「あ、あはは…」

変なこと聞かされているな、とは思っていたから、フォローもできず苦笑いをこぼす。

「あ、バス来た~」

恵ちゃんは私の手を放して立ち上がると、後ろで腕を組みながらくるっとこちらを向いた。

「まぁつまり、新しいお友達もできたし、友理ちゃんにも会えたし、すごく嬉しかったってこと!まだ遊び足りないから、今度また先輩たちと一緒に遊ぼうね友理ちゃん!」

「うん、ぜひ!帰り道気をつけてね」

私も椅子から立ち上がり、バスに乗り込む恵ちゃんを見送る。

窓際に座ってひらひらと手をふる恵ちゃんに私も振り返す。

振り返した手は、バスが見えなくなるまで止まらなかった。

スマホを見ると、先生と約束した時間まであと十分くらい。

先生とのデートが始まる。

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