第4話 実感

昨晩先生との初デートから帰ってきた私は、シャワーを終えると直ぐにベッドに倒れ込んだ。

どれくらい寝たなのか…まだ覚めきらないまま、もぞもぞと枕元を探って暫く、漸くスマホを見つけ時間を見る。

「んん、まだ九時半…」

そこで、大層な量のメッセージが届いていることに気付いた。

『おはよう!』

『友理~?まだ起きてないの?』

『もー、なんでまだ返信くれないのよー』

『友理のねぼすけ』


こ、この口調は……!

慌てて画面をつけて確認する。

や、やっぱり先生だ。七時にはメッセージを送ってきている。

折角の週末に早起きとか最早苦行ではないか。

私からしたら九時半でも早いのに…。

流石に十数個のメッセージを放置できるはずもなく、急いで返信を打つ。

『おはようございます』

『おはよう、やっと起きたのね』

秒速で返信がくる。

『すみません!返信が遅くなっちゃって。でも九時半はまだ早いほうですよね?』

『うわ~、友理!今電話してもいい?』

『電話?大丈夫ですよ』

そう返信して直ぐ、電話が鳴った。

「おはようございます。どうしました?何か急ぎの用事でもありましたか?」

「おはよ~、特に大事な用事はないんだけどね、少し友理の声が聞きたくて」

私の声が聞きたいがためにあんなに急いで電話してきたのか……。ますます子供っぽいな。

「友理今日はなにして過ごすつもりなの?」

「今日は宿題を先に終わらせようかと思ってます」

「わー!いい子!偉いわ~。でも勉強するっていうのはつまらないわね」

「いや、教師としてその発言はどうなんですか……。それにその中には、先生が出した英語の宿題も入っているんですよ?」

教師と思えぬ発言に思わずツッコミを入れる。

「宿題が終わったらどうするの?」

「んー、そうですね…。アニメ見たり、カラオケしたり。とにかく週末を楽しみます」

「あら、予習はしないの?悪い子だわ」

先生はそう言いながら、わざわざメッセージ上で怒った表情のスタンプを送ってきた。

「先生すみません、予習したことないですしこれからもしないと思います。それにさっき勉強がつまらないと言ったのは先生ですよ」

といった具合に、私はベッドに寝転んだまま、随分と長く先生と他愛のない電話をした。

電話を切って、ようやく起き上がり朝食をとる。

午後宿題をしている最中にも、ポコンポコンと先生からのメッセージは途絶えなかった。

『お昼ごはんはこれ!美味しいよ!』

『宿題は終わった?』

本当にとりとめのないメッセージを、先生は言葉通り朝から晩まで送ってきた。

それに私は、『夕食はなに食べるんですか?』なんてなんてことない返事をする。

学校では真面目でしっかりした玖嘉先生が、恋人になった途端、まるでドラマのヒロインみたいに甘えん坊になるとは知らなかった。


日曜日の夜。

普段なら、刻々と減っていく週末の残り時間を見ながら悶々としている時間。

だというのに今はむしろ学校が始まるのが少し楽しみなのは、きっと玖嘉先生のおかげだろう。

明日になったら、あの可愛い先生に会えると思うと不満な気持ちも吹っ飛ぶというものだ。

ポコン、とスマホが鳴る。先生からのメッセージだ。

『友理、今家にいる?』

『いますよ』

『今から会えないかしら?』

『え、今からですか?』

『うん、私今あなたの家の近くのバス停にいるのだけど…』

おったまげた。いつから私の家の近くにいたの…!?

返信するのも忘れて、慌てて家を飛び出して走る。

バス停の近くまで来ると、見覚えのある小さな車があるのが見えた。

先生の車だ。

外に先生の姿はなく車の窓を覗き込むと、運転席の窓が下がって先生が顔を出した。

「ハロー、友理!乗って」

まったくもう、先生ったら、まさかなにも言わずにやってくるなんて!

会ったら文句の一言でも言ってやろうと思っていたが、先生の顔を見たら、そんな考えは消え去ってしまった。

「せ、先生こんばんは……」

「はい、こんばんは」

先生の車に乗るのはこれで二度目。

初めて乗った時ほど緊張せず、シートベルトもスムーズに締めることができた。

チラッと横の先生を見る。

髪を下ろしたままの先生は初めてだ。

「一体どうしたんですか?いきなり家まで来るなんて…」

「んー、なんかいきなりすごく友理に会いなくなって来ちゃった」

ふと少女漫画で見たワンシーンが頭に浮かんだ。

これは定番のサプライズというやつか。

「明日になったら学校で会えるじゃないですか…。もう八時半なのであまり遠くまで行かないでくださいよ?」

「分かってるわよ。これでも友理の先生よ?このまま連れ去ったりなんてしないわ」

「んー?昨日、勉強がつまらないなんて言った教師の方はどちらでしたっけ?」

「だってー、友理が勉強してたら会えないでしょ?昨日は一日中会いたいのを我慢してたのよ?」

まるで小さい女の子が甘えるみたいにそう言う先生。

ここだけ見ると本当に『教師失格』だな。

でも先生がこんな態度を見せるのもきっと……、私のことが大好きだから、なのかな?と思う。

先生にとって自分が特別な存在なのだと感じられるのは、悪くないと思う。

先生が私に会いたがって、その気持ちに応えるのは恋人として当然のことなのかな。

車にエンジンが入り、ゆっくり動き出す。

「それにしても、先生も蓮塘れんとうに住んでいたんですね?」

「そうよ、梧桐山ごどうさんの麓あたり。毎回家を出る時は長い下り坂を歩かないといけないの。だから学校に行く時とか、今日みたいに友理に会いに来る時とかはなるべく車を使っているわ」

新たに知った先生の情報。

こんな小さい事なのに、他の人は知り得ない先生の情報を自分は知っている、と思うとちょっとテンションが上がった。

「今日は私、ちゃんと授業の準備をしていたのよ」

そう言いながら、先生はなぜか口を少し尖らせた。

「なるほど、なんか今日は昨日より返信が遅いと思いました」

「だから今日はもう本当に我慢の限界…。友理は今日なにしてたのよぉ」

「短編小説見たり、ネット友達とアニメの話したり……とかですね」

「えー、友理アニメが好きなの?」

「はい!漫画も大好きです!」

「む…、アニメとかは私よく知らないのよね」

それもそうか。玖嘉先生のような人がアニメとか漫画に詳しいイメージがない。

「その、ネット友達っていうのは誰?」

先生のその言葉に、少し緊張が走った。

やましいことがある訳ではない。先生のその質問が、なんとなくただの質問には思えなかったからだ。

「え、えっと……その、私と同じアニメが好きな子です」

私と同い年の女子高生で、かなり距離は離れているけれど同じ深圳に住んでいる。

「そう……」

すごく微妙な返事だ。

なんでしょこの感じ。私の気の所為かも知れないが……まさか先生、ヤキモチ焼いてる……?

幸い、これ以上この話題が掘り下げられることはなく、先生は近くの公園の脇で車をとめた。

「先生、ここでなにするんですか?」

言い終わるか言い終わらないかの内に、突然先生は運転席から身体を寄せて抱きついてきた。

その柔らかい身体を、先生はぎゅうぎゅうと押し付けてくる。

「……この公園には電灯があまりなくて、夜は人が来ないから丁度いいと思って来たの」

あまりの出来事に、私は頭が真っ白になった。

「せ、先生……どど、どうしてこんな、いきなり……」

「んー……、充電、かな……」

充電とは……。私はコンセントなの?

それっきり先生は黙り込んで静かに私を抱きしめていた。まるでスリープモードに入ったみたいだ。

まったくもう、この大人は……。

私はゆっくりと身体の向きを変えて、左手で先生の背中に手を回し、右手で優しく先生の頭を撫でた。

この小さな女の子のような先生は、私の腕の中でを求めるのようだ……。

こんなに近距離で先生と触れ合うのは初めてだ…。

さらさらと滑る髪に柔らかな身体とほのかに香る香り。こんなにも先生の身体は心地いい。

左胸に当たられた先生の顔が、自分の鼓動の速さを感じさせる。

暗く静かな公園には、車の中で抱きしめ合う先生と私の二人だけ。

早い鼓動がこの静かな空気を壊しそうで、努めて落ち着いて呼吸をする。


「友理~…、褒めてぇ」

小さく、弱々しく呟く先生の姿が、私の庇護欲をかきたてる。

「そうですね……。先生今日は授業の準備お疲れ様でした。明日のお仕事頑張ってください。……私もちゃんと授業は受けますから」

「んー……、ありがとう。……ちょっとずつ元気出てきてるよ、えへへ」

先生に告白されてから、私の日常はどこか非現実的だった。

そして今、先生を腕の中に抱きしめて撫でて、やっと初めて先生と付き合っているんだという実感が湧いてきていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る