第10話

 ……その時の骸骨の慌てぶりと言ったら、ビデオカメラに撮って永久保存したいぐらい面白かった。

 長い手足を、まるで怯えた小鳥が縫い付けられたかのようにばたつかせて、骸骨はあたふたと逃げ出そうとした。だが――

「――逃がしませんよ?」

 骸骨の行く手には、短距離テレポートした滑井が回り込む。「こっちも⁉」といった風に骸骨は跳ね上がり――

 腰を抜かして、ぶっ倒れた。

 骨でも腰を抜かすんだ~、などと特に感慨もなく呟き、私は骸骨に歩み寄る。

「……さて、じゃあ質問から始めようか」

 骸骨はぶるぶる震えて、墓石にしがみついている。白いしゃれこうべに、我々二人の影が落ちた。

「どうしてこんな所にいるんだい? キミ――、学校七不思議の代表格、『夜に動き出す骨格模型』君よ?」


□ □ □ □


 骸骨の説明によると、つまりこういうことらしい。

 この骸骨、この墓地の近所の学校で最近購入された骨格模型であった。だが期待に胸骨を膨らませたのも束の間、彼は理科室に置かれる骨格模型の現実を知った――、教室の隅で埃まみれになって終わり、という悲劇を。

 夜な夜な学校の廊下を徘徊しても、何ら面白いことはない。もういっそ飛び降り自殺しようかと思った矢先――、ある日の授業中に、生徒のヒソヒソ話を盗み聞きしたのだ。

「今夜、アソコの墓地に肝試しに行こうぜ!」

 骸骨は天啓に打たれた。これぞ待ち望んだチャンス! 理科室の隅で名実ともに骨化石と成り果てるのを避ける絶好の機会である。

 その夜、骸骨は学校を抜け出して墓地へ向かった。そしてやって来た子供たちを、バァと驚かしたのだ。

 散り散りになって逃げだす子供たちを見たとき、骸骨は生まれて初めて、ある種の言葉にし難い恍惚感を感じた。自分にも何かができる、自分は埃をかぶったままで終わるような存在ではない――、と。

「目覚めなくていい所に目覚めちゃったんですね」と滑井。


 骸骨は毎夜墓地に通い、噂を聞いてやって来た子供たちを脅かすのが趣味となった。

 やがてその手法はバリエーションを増し、相手の顔面にコンニャクを投げつける、背後から理科室にあった酢酸水溶液を頭にぶっかける、お汁粉を装填した水鉄砲の集中砲火を浴びせかける等々、幾多の奇怪なやり方を発明した。

 まぁ、普通の骸骨がやるようなことじゃないと思うが。

 それだけならイタズラ少年の仕業と思われたかもしれないが複数の人が骸骨の姿を見たせいで、いつしかこの墓地は『いろいろとヤバい悪霊が住み着いている』と、妙な噂まで立つ始末。もう骸骨が何をしたいのか分からない。

 だが勿論、誰も理科室の骨格模型を疑いなどしなかった。

 ということらしい。

 なんじゃ、そりゃ。


□ □ □ □


「何だか不毛な努力ばかりしてるって所は、僕らにとっても共感できますねぇ」

「……だな」

 私は、墓石に凭れ掛かる骸骨に向き合って座ったまま呟いた。

 ちなみに骸骨は言葉が喋れないようで、筆談でコミュニケーションを取っている。おかげさまでで私の新品のメモ帳は、ヤギに食わせてるのかと言うくらい猛スピードで消費されていた。無論、代金は滑井に払わせるつもりである。

「――で、プラホネ氏はエセ怨霊の芝居を続けた、と?」と滑井。

『ソウデス』

「そんな妙ちくりんな趣味も、あるもんですねぇ」

 骸骨は滑井により、栄光ある仮名『プラホネ氏』を与えられた。『プラスチック製ホネホネ模型氏』の略だという。

 もっとマシな名前はないのか?


「だけど今夜は、我々をカップルと勘違いして怒りのあまり飛び出してしまった、と?」

『エエ。カップルハ、敵。抹殺、ゼッタイ必要デス』

「なんか怖いけど同意できる」

『分カッテクレテ、嬉シイデス!』

 そう言ってプラホネ氏は、水風船をにぎにぎした。ついでに中身はコオロギとスライムの詰め合わせで、曰はく『カップル撲滅爆弾』らしい。試しに国会議事堂に投げ込んでみたいような代物である。

「お友達になれてよかったな。だが、そろそろ帰りのバスの時間だぞ」

「プラホネ氏も連れてっちゃダメですか、一目氏?」

「道端で子猫を見つけて駄々こねる子供かお前は。ムリに決まってんだろ」

「……分かりましたぜ」

 滑井はプラホネ氏に向き直り、「また来ますね」と言った。

『……私ハ待チマスヨ。コノ場所デ、アナタガ再ビ来ル日マデ……』

「おいおい、何だかやむを得ぬ事情で別離する恋人みたいな雰囲気だな、二人とも」

「悪いことじゃないでしょう?」

「良いことでもないと思うが?」

 我々はプラホネ氏を学校まで送っていくことにした。だが、フラフラ歩くプラホネ氏の足取りは頼りなく、(まだ腰を抜かしたのが治っていないのだろうか?)墓地を出ていく階段でガシャンと派手にひっくり返り――頭がもげてコロンと転がった。

「……大丈夫か、アレ?」

 私はプラホネ氏の髑髏を拾い上げると、安い玩具みたいに口をカパカパしているしゃれこうべを胴にねじ込んだ。「痛イ!」という風に髑髏が口を捻じ曲げる。

「一目氏、それ前後ろ逆です」

「ん? そうか」

 私はしゃれこうべをグイッ。髑髏が無言の悲鳴をギャー。

 首をコキコキしながら立ち上がったプラホネ氏と、それを労わる滑井。なんだか、私が悪人みたいな空気なのは何故に?

「――では、行きましょうか」

 滑井はいつになく紳士な感じでプラホネ氏に言う。客観的に見て、非常に気色が悪かった。


□ □ □ □


「なんだかんだ言って、色々と面白い夜だったが……。口佐さんに話したら大笑いされそうだ」

「つまり、僕との遠足も悪くはないということで?」

「誰もそうとは言ってない」

 帰りのバスに揺られながら、我々はぐったりとしていた。

「――そういえば、結局プラホネ氏は男だったのか、それとも女だったのか?」

「ありゃ女ですよ。だから僕、あんな紳士的に対応したんですぜ。一目氏、レディの首をあんな雑に扱うなんて、DV男の素質ありですね」予想外に滑井が即答した。

「……お前、なんでそんなことが分かる?」

「だって骨盤が大きかったもの」

 さも把握してて当然という風に言う滑井に、私は。

「この変態め。いっつも人のそんなトコばかり見てるのか?」

「失敬な。僕の場合、そこも抑えていると言ってほしいですね」

 滑井は、いやらしい笑みを浮かべた。

「まぁ――ムゴゥッ⁉」

 私はこれ以上滑井の一人語り猥談に付き合っていたくなかったので、奴の口に木綿豆腐を突っ込んで黙らせた。


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