第9話
一周回ってみたが、墓地自体には何の変哲もなかった。50メートル四方の敷地には墓石が連なり、寂れた雰囲気が漂う。懐中電灯を持ってきたが、近くの街灯の明かりで十分だった。花が供えられている墓石などほとんどなく、非常にさみしい感じである。
いや、さみしすぎて、こんなところに妖怪なんぞ出るわけがない、と妖怪本人が思うほどだった。不気味ささえも一切ないのである。
「……デマじゃなかったのか?」
そう言った私に、さすがの滑井も首をかしげる。
「ま、まぁ……、妖怪が好む雰囲気じゃないのは認めますが……」
「やっぱりそうだよな、オイ。この野郎、賠償しろ」
「とは言え、来ちゃったものはしょうがないですからねぇ」
そう言って、滑井は脱力した笑みを浮かべた。
「まぁ、しばらく待ってみましょうよ。その間に一目氏の持ってきた木綿豆腐、一切れ貰えません?」
□ □ □ □
「……感動的な味ですね」
座ったままモグモグやって、滑井は無表情で言った。
「だろう? な?」
「つまり、感動的にマズいということです」
「貴様!」
だが滑井は、半笑いを抑えて続けた。
「いや、だってねぇ……。なんだか苦すぎませんコレ?」
「コレがいいんだ」
「ちょっと僕には理解できないなぁ……。と言うか、こんな所にまで豆腐を持ってくるのは、もはや変人ですよ。ここまで来たら好物じゃなくてフェチです」
「まぁ否定はせん」
そんな風に我々が談笑していると――。
カツン
墓地の端で、音がした。
「……滑井、お前今、石投げたか?」
「僕ちゃいますよ」
――カツン
「……幻聴なぞ認めぬぞ、私は」
「あれ……、じゃ、もしかして……」
――カツン、カツン、カツン
「オイ冗談じゃない、何だか本当にヤバい所だった訳じゃないよな――」
我々は背中合わせで周囲を見回した。こちとら妖怪のくせに、不覚にも冷や汗が流れ出る。
そして我々は悟った――この場所は、私たちが首を突っ込むような所ではなかったのだ、と。
「アッ‼」
背後の滑井が声を上げ、私は振り向き――。
そして見たのだ。立ち並ぶ墓石の背後からこちらを見つめる――、白い、骸骨を。
□ □ □ □
骸骨はカクカクと立ち上がり、こちらに近づいてきた。
落ちくぼんだ漆黒の眼窩が、無表情に我々を見つめる。骨の掌が夜闇を引っかき、我々を黄泉の世界へ引き込もうとしているようだった。干乾びた悪夢が、向かってくる――。
アレは糸で釣られているのではない。直感的に分かった。アレは本物だ。骸骨自身が、確かに自らの意思を持って迫ってくる!
我々は座り込んだまま、立ち上がることさえできなかった。悲鳴を上げることもできずに、震えていた。――そう、肩を震わせていたのだ。否、笑いを押しこらえていた。
何故なら、我々は気付いたからだ。その骸骨が――明らかな、プラスチック製であることに。
不意に、行きがけに見た学校が頭に去来して、私は合点がいった。
「滑井?」
私は言い、奴もニヤッと笑う。
「なぁ、骸骨君よ」
私が言うと、骸骨はビクンと立ち止まった。その滑稽な様に、私は吹き出しそうになったが続けた。
「相手を間違えたな。我々は普通のニンゲンじゃない――」
私はカツラの前髪を掻き上げた。隠されてきた我が一つ目が、骸骨を見据える。
「――本物の妖怪だ」
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