第3話
なぜ私が女装する羽目になったのか、説明させて頂きたい。
すべての元凶は......、まぁお察しの通り、滑井であった。
私は外出する際には常に、前髪が長いカツラをかぶるようにしている。一つ目を隠すためである。まぁご想像通り、見てくれ的には一つ目小僧というよりむしろ貞子である。しかし、そうでもしなくては『一つ目小僧』はオチオチ外も出歩けないのである。
ところが先日、わが子供時代から愛用してきたカツラが前触れもなく崩壊し、なんと昇天してしまった。いと哀れなりけり。
カツラがなければ私は昼間は愚か、夜間も外出できない。予備のカツラを買っていなかった己の、ガトーショコラくらいの甘さを呪った。
事態は急を要していた。休日だった故、私は滑井に電話し助けを乞うた。直後にぬらりひょんである彼が、私の安アパートの居間に出現した。
彼に現金を渡し、急遽カツラを買ってくるよう頼んだのである。
奴に頼んだのが、全ての間違いであった。
数時間後に、滑井が我が家のドアをノックした。
「買ってきましたぜ~、一目氏」
ニヤニヤする滑井を見て、私は猛烈に嫌な予感がした。
彼の差し出した紙袋を開けてみて、絶句する。
このへっぽこ妖怪野郎、あろうことか女物のカツラを買ってきやがったのである。
「私の金だぞ!」
「なに、一目氏には女物のほうが似合うかな~、と思ってですね」
飄々とふざけたことを口にしつつ、滑井は扉まで戻ると何やら重そうな紙袋を引っ張ってきた。
何かと聞くと、新しいカツラに似合う女物の服を(自腹で)買ってきたと言う。
差し出された白いワンピースを見て、私は脱力した。
そんな私を、滑井はまるで着せ替え人形のように女装させたのである。させたのであったが……。
「……意外と似合ってるな?」
鏡台の前に立った我が第一声は、それであった。
自分でも驚くくらい、似合っていたのである。
人間ではありえない、透けるように白い肌が。細身かつ瓜実顔であることが女装と見事にマッチし、なんとも清楚な雰囲気を醸し出していたのである。
滑井など「可愛い尊い可愛い尊い」と連呼し、涙を流していた。私も何故だかまんざらでなかった。
かくして今に至る。
私に、女装の趣味はない。ただ、似合うからやるのである。
そう、これは――。
□ □ □ □
「――これは『ファッション』なのだ」
二人で並んで歩きつつ、私はそう宣言した。
「ふ~ん、まぁ考え方は人それぞれですしね」と滑井。
「……おいお前、私が女装する羽目になったのはお前のせいなんだぞ?」
「そうでしたっけ? そんな昔のこと忘れちゃった」
「この野郎」
まぁ、滑井とはこんな男である。
「何か面白いことでも起きませんかねぇ~?」
「お前の言う『面白いこと』なぞ、どうせ碌な事じゃないだろう」
「何を。夜道でミステリーサークルを見つけたり、異世界に通じる扉なんて見つけれたら面白いじゃないですか」
「ンなもんは存在せん」
「ロマンがないですねぇ」
「お前はロマンがあり過ぎだ。頭に夢キノコでも生えたのか?」
我ら二人の歩く夜道は、何の変哲もない裏通りである。
無論ミステリーサークルも異世界への扉も落ちてない。落ちているものといえば、干乾びた犬の糞くらいである。
尤も、その容姿に反してロマンチストな面のある滑井であれば犬の糞にもロマンを感じるやも知れぬが、私の知ったことではない。そもそも、そんなロマンなど理解したくもない。
「そもそも、男同士の散歩にロマンを求めるのが間違っていると気付け」
「貴方は女でしょ?」
「さも当然のごとく言うな。そこまで倒錯したか?」
「今世紀最大の衝撃です」
「一体なぜ今お前などと散歩しているのか、全くもって皆目見当が付かんわ」
「ごめんなさい僕も同じですよ」
「お前と出会っていなければ、夜道を寂しく徘徊することはなかった。傍にいるのはお前じゃなく可愛い女の子で、今ごろ楽しい夜を過ごしていた筈だ。全ての元凶は滑井、お前の不幸オーラにある」
「まぁ何せ、今や貴方の方が可愛い女の子役ですものね」
「皆まで言うな。こっちが虚しくなるだろうが」
「ご愁傷さまですわ」
そう、我々の散歩にはロマンの欠片もない。
なのだが何故か、妙な事件にばかり巻き込まれるのである。
「さて、一目氏の愚痴ラジオは聞き飽きま――」
突如、曲がり角の向こうから男の悲鳴が聞こえた。
滑井が目を輝かせる。
「何か面白そうなことがあったみたいです! 見に行きましょう!」
滑井は、筋金入りの野次馬である。その野次馬根性が過ぎて、もはや野次ケンタウロスに進化してもいい頃である。
「危ない奴だったらどうする? 刃物持った殺人鬼がいたら?」と私。
「僕はぬらりひょんなので、テレポートで逃げます」
「オイその場合、残された私はどうなる?」
「……頑張ってください」
「殺してやる」
「冗談です。ささ、見に行きましょう!」
言うが早いか、滑井はサッと角を曲がり消えた。……犬の糞を踏んだことも気付かずに。
あぁ、ロマンの塊がぁ。
もはやロマンも糞もない糞に一瞬目をやり、溜息を吐くと、私も滑井を追って角を曲がったのだった。
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