第4話
曲がった先には、滑井が棒立ちで突っ立っていた。危うく衝突する所であった。
奴の肩越しに、道の奥にいる一つの人影が見える。
若い女だった。
街灯の下で陰った表情は見えなかったが――、何故かその瞬間、私は彼女の放つ雰囲気に飲み込まれた。
禍々しい、負の感情。情けないことに、妖怪なのに鳥肌が立ち足がすくむ。
彼女の足元に、男が倒れていた。
そして女が、こちらを振り向いた。
声を上げたかったが、喉が引き攣って無理だった。
女がこちらに近づいてくる。
一歩踏み出すごとに、おぞましき闇の波動が増幅していくようだった。
次第に彼女の容姿が見えてくる。
短く切り揃えられた黒髪。片耳に揺れるマスク、そして――耳まで裂けた、真っ赤な口……。
「――な~んだ、
私が言うより先に、滑井が間の抜けた声を出した。
その口裂け女――もとい、我らの知り合いである口佐さんは、パチクリと目を瞬かせると言った。
「……一目先輩、滑井先輩! これはまた奇遇ですねぇ!」
口佐さんは、私たち二人にとって唯一の妖怪知人である。
先日隣町に引っ越したと聞いていたが、こんな所で会うとは思ってもいなかった。
彼女は言いたいことをズケズケ言う性であるが、何故か私たちの行動を理解できてしまう超人である。時には我々自身も、自分たちが何をやっているのか分からなくなるのに、である。
「……二人とも、また例の『二鬼夜行』ですか? 何とも阿呆なことばかりに精を出してますねぇ」
口佐さんは呆れの混じった声で言った。
ついでに彼女が我々を『先輩』と呼ぶのは一つ年下なのもあるだろうが、それ以上に妖怪としての歴史の長さゆえであろう。
『口裂け女』が活躍を始めたのはおよそ40年前。我々古参妖怪の100年単位の歴史と比べれば、遥かに短いのである。
まぁ正直言って、女装してる私なんかより彼女のほうが余程常識人のような気がするが、それはそれである。
よき後輩に恵まれることは、幸せの一つなのだ。
「『二鬼夜行』は毎晩やっていますよ、口佐さん。ねぇ一目氏?」
「滑井しか付き合う奴がいないからだ。やりたくてやってる訳じゃない」
「照れ隠しが下手ですぜ」
「まずは通じる日本語を喋れ」
そんな我々の会話を、口佐さんは可笑しそうに「ふふっ」と笑って見ていた。
「ところで口佐さんよ、そっちの新居はどうだい?」
「はい、なかなか小綺麗なマンションですよ」
「羨ましいなぁ、流石私のG巣窟アパートとは格が違う」
「ニートの一目氏には一生無理でしょうね」
「お前には言われたくないぞ、滑井」
「お互い様ですぜ」
「やっぱりお二人とも、何だかんだ言って仲良しなんですねぇ。まぁ、情熱をかける方向を540度くらい間違えてますけれど」
久々に会った我々の会話は弾み、気が付けば数時間が経っていた。
「――では、今宵はこれくらいで」
名残惜しそうに口佐さんが去り、再び我々二人が残された。
「――なんだか彼女がいなくなった途端、急に寂しい雰囲気になりましたねぇ」
「我々がいつも、如何につまらないことをしているかよく分かるな」
「今度彼女も誘ってみます?」
「やめとけ。阿呆なのは私たちだけで十分だ」
そんなこんなで夜が明け、今宵の『二鬼夜行』はお開きになった。
結局、ミステリーサークルも異世界への扉も見つからなかった。
まぁ当たり前なのだが。
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