第4話 やり直せるチャンス





 放課後まで迷いに迷って、私は覚悟を決めた。

 緊張しながら、職員室へと向かう。これでいいのかと、何度も自分に問いかけた。でも、これ以外にいい方法が思い浮かばなかった。


「失礼します」


 ノックをして職員室に入ると、担任の林先生が私に気がついて手をあげた。


「高橋、こっちだ」


 まっすぐそちらに行き、向こうが何かを行ってくる前に本題に入る。


「希望調査の提出が、遅くなってすみません」


 私が何を目的に来たのか予想していたようで、座るように促してきた。


「まあ、とにかく座りなさい。うちのクラスで、まだ提出していないのは高橋だけだったから、何かあったんじゃないかって心配していたところだった」


 心配したと言うが、実際には施設送りにするべきなのかと考えていたんだろう。もしそうなったら、担任としての教育方法や資質が問題になってくるかもしれない。

 それが嫌で、私個人のことは気にしていない。前の時もそうだった。だから私も期待していなかった。


「提出が遅れたのには理由があって……」


 話の続きがどうなるのか、焦れているのが伝わってくる。もう少し焦らしてやろうか。

 やっぱり止めた。余計なトラブルは起こしたくない。

 私は眉を下げて、申し訳ないという表情を作った。


「実は用紙を汚してしまって。それを言えなかったんです」


「は? ……そ、そうだったのか!」


 なんだそんなことか。きっとそう思っている。


「高橋は真面目だからな。中々、言い出せなかったのか。そんなの気にしなくていいのに」


 理由がくだらないものだったので、安心した林先生は大げさなぐらいに声を張り上げた。私が知らないだけで、提出が遅れているのが問題になっていたのかもしれない。それで、大丈夫だとアピールしているのだ。その考えが当たっていると裏付けるように、部屋の空気が和らいだ。


「早く言ってくれれば、すぐに新しい用紙を渡したのに。何枚でも予備はあるから、遠慮しなくて良かったんだからな」


「そうだったんですね。怒られるかもしれないって怖くて」


 嘘だ。言えば、新しい用紙がもらえるのは分かっていた。でも今まで言わなかったのは、時間稼ぎをするためだ。

 さらに申し訳なさそうな顔をして、反省しているポーズを見せる。


「まったく。そんなに心配しなくていいんだ。新しいのはここのある。今書いて提出してくれるか?」


 嫌だと言ったら、どんな反応をするのだろう。気になったが、遊んでいる場合ではない。

 用紙を受け取ると、あらかじめ出しておいたボールペンを持つ。すぐ近くから視線を感じた。プレッシャーを与えるのが目的なら、作戦は上手くいっていない。

 視線は気にならなかったけど、別の意味で緊張していた。


 本当にいいのか。同じ質問を、頭の中で繰り返す。

 書いてしまえば、その先に何が待ち受けているのか、全く分からない。いい方向に進むとは限らないのだから。むしろ、さらに悪い結果になるかもしれない。

 それでも、御手洗君を選ぶよりはマシだった。


 小さく息を吐くと、私は1文字1文字時間をかけて名前を書く。途中で誰の名前を書いているのか分かったのか、林先生が困惑している様子が伝わってきた。どうして彼を選んだのか、私と接点があったのか考えているのだろう。でも、絶対に思いつかない。接点なんてないのだから。


 ただ1人の名前を書いて、私はそれを林先生に差し出す。


「も、もういいのか?」


 1人だけで終わらせた私に、信じられないものを見る目を向けてくる。これが御手洗君だったら、反応がまた違ったのだろうか。


「はい。何か不都合なところでもありますか?」


「い、いや。分かった。預かっておく」


 1人でも名前を書けば、文句を言う理由は無い。選んだ人について聞きたそうな雰囲気を感じたが、好奇心を満たしたくはない。

 私は笑って、頭を下げた。


「遅くなってすみませんでした。今度は、こんなことはないように気をつけます」


「ああ。気をつけて帰れよ」


「はい。ありがとうございました」


 もう、ここにいる理由はない。さっさと退散してしまおう。私は話を切り上げて、職員室を後にする。

 後戻りはできない。この選択が吉と出るか凶と出るか。結果が分かるのは、そう遠くないうちだ。でも後悔はしていない。

 とりあえずは、これで未来を変えられた。このまま、御手洗君とは関わらずに卒業したい。私から何もしなければ、それも難しいことではないはずだ。


 彼との相性は、一体どのぐらいなのだろう。偶然選んだだけで、ほとんど何も知らない。でも、その方が良かった。

 もしも相性が悪かったとしたら、次は誰の名前をあげるか、早めに考えていた方がいい。

 こうなれば、有名人にしてみるのも面白いかもしれない。誰をあげるのも自由だ。そうやって、結婚までいった人だっている。

 何度でも言うが、御手洗君以外だったら誰だって構わない。


 でも、出来れば恋はしたい。今度は運命なんて関係なく、ドキドキする恋をしたい。

 御手洗君とは、今思うと恋ではなかった。たぶん憧れの延長だった。そうなると、彼だけを責められない。私だって悪いところはあった。

 だから、もう間違えない。


 廊下を1人歩きながら、私は未来に対して期待をしていた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る