第2話 私の夫





 御手洗みたらい宗司そうじ

 高校の同級生で、憧れの人。アイドルと言われても納得できるぐらい格好よくて、キラキラとした王子様みたいだった。

 私を含めて、ほとんどの女子が好意を向けていて、彼と相性診断で高い結果が出るのを願っていた。


 私の学校では、3年生の5月に一斉にAI相性診断の希望調査を行う。そして希望を出した人数にもよるが、1週間ほどで結果が出る。


 用紙に記入する時、私は迷っていた。誰の名前を書こうかと。同級生の中には、数打ちゃ当たる戦法で、気になる人全員の名前を書こうとしている人もいた。その方が可能性も増える。

 でも私は、そういうのが好きじゃなかった。運命的な恋をしたくて、1人の名前しか書かなかった。


 それが、御手洗君だったのだ。隣のクラスの王子様。きちんと話したこともない。2年生の時に同じクラスになったが、話しかけられずに終わった。それでも小さな恋心が残っていて、諦める意味でも書いた。


 にわかに学校が騒がしくなったのは、それから1週間も経たない頃だった。

 どうやら、相性診断で100パーセントが出たらしい。そんな話を聞いても、完全に他人事だった。羨ましいとまで思っていた。


「え……わ、私と御手洗君が、相性100パーセント?」


 嬉しそうな先生と親を前にしても、私は嘘かドッキリなんじゃないかと疑っていた。それぐらい現実味がなかった。

 突然親と一緒に呼び出されたかと思ったら、大々的に発表するような勢いで言われた。私は信じられなかったから、微妙な反応を返す。あまりに薄い反応だったからか、周りの表情が険しくなった。


「これは凄いことなんだぞ。教師をやって十年になるが、相性100パーセントは初めてだ」


「まさか、うちの子が……!」


 母が大げさなぐらいに喜んでいる。普通だったら、娘に相性のいい相手が現れたことに喜んでいると思うだろう。でも、それは違うと私は知っている。

 母が喜んでいるのは、私の相手が御手洗君だからだ。御手洗君自身も人気だが、彼の家が会社を経営しているのも女子にとってはプラスの要素であった。母にとってもだ。

 御曹司、その妻、つまりはお金持ち。そう考える母の頭の中が、簡単に読み取れてしまう。


「あの……御手洗君には、もう伝えてあるんですか?」


 呼び出されたのは私だけだった。御手洗君の姿はない。この事実を知っているのか、一番気になっていた。


「もちろん伝えてある。家族に話をするからと帰ったが、とても喜んでいたよ」


「……喜んでいたんですか」


 もしそれが本当なら。私はやっと、実感が湧いてきた。


「ああ。明日、話がしたいと言っていた」


「分かりました」


 嬉しい。嬉しい。自然と頬が緩む。それを隠そうと手を当てるが、絶対に隙間から見えているはずだ。

 御手洗君が、私の運命の人。宝くじに当たったぐらいの気分だった。


 そこから先のことは、嬉しさでふわふわとしていて、ほとんど覚えていない。

 ただ顔合わせした時、彼が最初に言った言葉は記憶に刻まれている。


「君と幸せな結婚をしたいと思っているよ」


 本当に私でいいのかと、心配になっていた気持ちを吹き飛ばしてくれた。


 相性100パーセントだと分かったら、ほとんど結婚するのが決まったようなものだった。すぐに婚姻届が提出されて、挙式の予定も決まった。私は言われた時に言われた行動をしていただけで、いつの間にか決められていたとも言える。

 女子からは羨ましがられたが、みんな当然のことだと諦めてもいた。それぐらい、AIによる相性診断は絶対だった。


 嵐のように日々が過ぎ去っていく中、それでも私は自分が幸せだと信じて疑っていなかった。自分は世界で一番幸せなんじゃないかと、本気で思っていたぐらいだ。


 しかし徐々に、その考えが間違っているのではないかと考えるようになる。

 最初のきっかけはなんだったろう。あまりにもささいなことで、もう覚えていない。

 ただ御手洗君と一緒に過ごすうちに、違和感が出てきた。2人の間で考え方の違いが何回もあった。一つ一つは小さくても、積み重なれば大きくなっていく。

 それでも私は、相性が最高なんだから気のせいだと自分をごまかした。ごまかし続けて、現実から目をそらしていた。


 でもそんな私の逃げを許さないとばかりに、最悪の事態が襲いかかる。

 結婚してからずっと、御手洗君は私に指一本も触れてこようとしなかったのだ。夫婦の営みをしなければ、当然子供ができるはずもない。

 それを許さなかったのは、御手洗君の両親だった。早くに結婚したのに、子供ができる気配がない。顔を合わせるたび、子供はまだかと聞いてきた。

 そういう行為自体をしていないのを言えず、いつも私は謝っていた。御手洗君に、子供が欲しいと遠回しに伝えたこともある。自分からこんなことを言うなんて、恥ずかしくてたまらなかった。それでもなんとか聞いた私に、御手洗君は優しく笑って答えた。


「今はまだ、君と二人で過ごす時間を大事にしたいんだ」


 表向きは、私のことを考えているように聞こえる。でも実際には、私に全く興味が無いのを伝えていた。

 彼は、私を好きじゃない。子供も欲しくないから、触れてこようとしないんだ。その事実を突きつけられた。

 どうして?

 相性100パーセントのはずなのに。

 どうしてこんなことに。


 私はその答えを聞いて、絶望した。





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