もう運命なんていりません!

瀬川

第1話 突然の過去




「どうして、もっとちゃんと上手く出来ないの!」


 ーごめんなさい。


「あなたが悪いんでしょ。昔から要領がよくなかったから」


 ーごめんなさい。


「彼が気の毒。本当に可哀想」


 ーごめんなさい。


「相性がいいんだから、絶対に上手くいくはずなの。もっと頑張りなさい」


 ーごめんなさい。私が全て悪いんです。要領が良くないから。いつも上手くいかない。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。


 ……でも、本当に私だけが悪いの?

 私のせいで上手くいかないの?


 相性が100パーセントだからって、上手くいくなんて決めつけないで!!



 ♢♢♢



「っ!?」


 私は、そこで覚醒した。悪い夢を見ていた。寝るつもりはなかったのに、いつの間にか眠ってしまったらしい。

 今、何時だろう。早く夕飯の支度をしなきゃ。彼が帰ってくるまでに終わらせておかないと、またお義母様に文句を……。


 立ち上がりかけた私は、ここが自分の家じゃないのに、ようやく気がつく。

 寝る前は、リビングのソファにいたはずだ。疲れて少し休んでいた。でも、ここはどう見てもリビングじゃない。

 目の前には机、周囲を見渡すと懐かしい人達が懐かしい姿で座っている。


 ……もしかして、ここは学校なの?

 慌てて自分の姿を見た。周りと同じ制服に身を包んでいる。懐かしい格好だ。

 これは、夢の続きなんだろうか。そうだとしたら覚めてほしくない。この時は、まだ幸せだったから。懐かしさとともに、涙が出そうになる。


 でも、机の上にあった紙が視界に入った途端、驚きや恐怖から涙が引っ込んだ。人からすれば、ただの一枚のプリント。恐れる必要なんてない。ただ私にとっては違う。

 プリントには、一番上にこう書いてあった。


『AI相性診断の候補希望調査』


 この用紙が、大げさではなく私の運命を変えた。最悪な思い出しかないものだ。憎しみを込めて、その用紙を見つめる。

 これがなければ、私はあんな苦しい思いをすることなかったのに。これさえなければ。

 衝動的に、紙を握りしめた。そこに書いてある名前が、すでに私が書いてしまった名前を視界に入れたくなかったからだ。


 しかし、握りしめた紙の感触があまりにもリアルで反射的に手を広げる。手のひらを見て、握ったり開いたりを繰り返す。やはり感触がリアルだ。

 本当にこれは夢なのか。そんな疑いが出てくる。

 もしも現実だったら。夢じゃないとしたら。どうしてだか知らないけど、過去に戻っているのだとしたら。


「……やり直すことが出来る?」


 呟いた言葉は、切実な響きを含んでいた。過去に戻ったことよりも、そっちが私にとっては重要だった。

 握りしめてくしゃくしゃになった紙を、ゆっくりと広げていく。線は入ったけど、中身が読めなくなったわけじゃない。

 興奮なのか恐怖なのか、心臓がドキドキと騒いでいる。ゴクリと喉も鳴った。震える指で、シワのよった名前をなぞる。


御手洗みたらい宗司そうじ


 未来で、私の夫になる人だ。



 ♢♢♢



 この世界では、AIが恋愛を左右させる。


 私が産まれるずっと昔、30年以上前にAIが出てくるまでの日本は、離婚率の高さに悩まされていた。少子化が進み、それに追い打ちをかけるように生涯独身の人口も増えていた。

 このままでは日本は、いずれ終わりを迎える。そう懸念していた政府が、当時最新鋭の技術だったAIに望みを託した。


 AIによる相性診断の義務化。

 18歳以上の男女は、必ず相性診断を行うことに決めた。そして、その診断結果が高いカップルの結婚を推奨し、保障に多くの予算を捻出した。

 最初は政府の愚かな策だと、批判的な意見が多かった。すぐに廃れることになると。


 しかし大半の予想に反して、この政策が上手くいった。相性がいいと判断されたカップルが次々と結婚、出生率も増え、離婚率はゼロという結果を叩き出した。

 結果が出れば批判の声も自然となくなっていき、それから30年以上続いている。


 18歳になると、AI相性診断の候補者を出さなくてはいけない。最初の頃は全てAIが決めていたが、年月が経つにつれ、本人が出した候補者の中から診断した方がさらに上手くいくと分かったからだ。

 膨大な量を調べなくて済み、そして候補として名前を挙げる時点で多少なりとも好意がある。上手くいくのも当たり前で、政府としてもいいことづくしだった。


 AI相性診断で、80パーセント以上になると結婚を推奨される。逆にそれ以下だと、80パーセント以上の人が出てくるまで診断を受け直すことを提案される。提案されるまでもなく、みんなすぐに受け直しを望むのだが。

 相性が悪いと判断されたら上手くいかない。それが、全国民の共通認識だった。80パーセン未満の相性で、結婚をしようとする人はいない。


 そして候補を出す時に、100パーセントの結果が出ることを夢見る。100パーセントは1000人に1人、出るか出ないかぐらい確率が低い。その代わり、100パーセントの結果が出たカップルは幸せになれると信じられている。

 私もそうだった。相性抜群の人と、幸せな結婚をするのが夢だった。



 しかし実際は、相性100パーセントの人と結婚したのに、幸せとはほど遠い人生になったのだが。





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