第2話 一人と一匹
その次の土曜日。午後になって、大豆田さんは古びたキャリーケースを手に我が家にやってきた。知らない人を家にいれるのは緊張した。あちらの方が余程そう思っているかもしれないが。俺は、自分より10個も上のおばさんには興味はない。安心して欲しいと心の中で思っていた。
「お休みの日にすみません」
おばさんが言う。
「いいえ。こちらこそ」
おばさんは実際会ってみると、大人しそうで感じがよかった。俺は2階のリビングに通した。
「日当たりがよくていいですねぇ」
「ああ、この辺は戸建てばかりなので・・・」
日当たりがいいから、夏の室温が40度ちかくなるのだが、そんなことを言ったら、面倒なことになるので黙っていた。もちろん、エアコンをつけて会社に行くつもりだ。
おばさんはキャリーケースから猫を取り出したが、なかなか出て来ようとしなかった。猫の名前は石松だった。なるほど、ボス猫のような貫禄だった。目つきが悪くて、もとい鋭くて、俺のことをなめている気がした。
「強そうな猫ですね」
「まあ、ボスって感じがしますよね。野良だったことはないんですけどね」
おばさんは笑った。
「猫の10歳というと、人間では56歳くらいでしたっけ?健康状態はどうですか?」
「今のところは特に大きな病気はありませんが、生まれつき片耳が聞こえないので、ちょっと反応が遅い時がありますね」
「そうですか・・・本人の前で悪いですけど寿命としてはあと年くらいでしょうか・・・」
「15歳で76歳ですからね。でも、この子はあまり病気もしなくて元気でしたよ」
俺は石松の飼い方や食べ物の好みなどについて、いろいろ教えてもらった。
「はぁ。もらってくれる人がいなかったら、保健所に行くっていうのはどうしてでしょうか?」
「ああ、あれはああいう風に書かないともらってくれる人がなかなかいなくて・・・うちは他にもたくさん猫ちゃんを保護してるのでね。うちに何回も持ってくる人がいるんですよ。もう猫は飼いません!って宣言したのに、また何年かすると、飼えなくなりましたって言ってくるんですよ。そういう人ばっかりだから、いくら助けても全然いなくならないんです」
「そうですか」
俺は騙されたと思った。おばさんは直接は保健所に持って行かないだろうし、俺が死にかけている猫を飼う必要もなかったのだ。寿命があと5年だと、どんどん老いていくばかりだろう。猫とはいえ、死を看取るのはつらいものだ。
俺は石松には愛想よくしなかった。男同士だし、そのうち自然に心が通い合うだろうと高を括っていた。
おばさんは、俺の家に2時間くらいいた。猫の保護に真剣に取り組んでいて、割といい人に見えて来た。石松にトイレと餌の場所を教えた。トイレは1階の廊下。餌はキッチンの床に置くことにした。
「夕飯は平日だと7時くらいになるんですが」
「いいと思いますよ。朝、夕あげれば十分ですよ。よく食べる子なんでね。食べ過ぎると太っちゃいますから」
俺は最後に商品券2万円分を渡した。おばさんは、中身を見ずに「ありがとうございます」と言って受け取った。猫の餌代だってかなりかかるだろうし、2万じゃ全然たりないが、俺は富裕層でもないし、あまり余裕がなかった。
おばさんが帰った後、石松はどこかにいなくなった。
「石松!」
呼んでも戻って来ない。
***
夕飯は初回だから、豪華に缶詰にした。キッチンに出しておいたが、俺がいる間は食べに来なかった。石松がどこにいるかわからないが、俺は風呂に入って寝ることにした。
よくよく考えると、どこも行く場所はないのだが、俺はアホだから気が付かなかった。
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