猫をもらう
連喜
第1話 里親
最寄り駅から自宅までは約10分くらいかかる。大通りに面した動物病院の前を通りかかった時、ふと、猫の里親募集の張り紙に目をとめた。
『大人しい雄猫。10歳。生まれつき片耳が聞こえません。緊急!どなたかにもらっていただかないと、保健所行きが決まっています!』
俺ははっとした。命ある生き物を殺処分なんてかわいそうすぎる。印刷がかすれているけど、白い猫で、顔の半分に灰色のぶちがある。写真を見る限り雑種のようだった。別にかわいくもない、普通の野良猫だ。血統書付きじゃなくても、猫はみんなかわいいに決まっている。性別は、雄でも雌でもどちらでもいいし、取り敢えず助けたくなった。別に気まぐれにそう思っているだけじゃない。前から保護猫を飼ってみたかったから、どんな猫でもよかった。
俺がそう思ったのは、犬や猫の殺処分をなくしたいという仏心に過ぎない。増えすぎたから邪魔だなんて、人間のエゴじゃないか?俺はもともと動物好きではない。猫をかわいがって、じゃれ合いたいというわけではないが、自分ができる範囲で生き物の命を救いたかった。俺なんかよりも、もっと優しい猫好きの飼い主で、毎日一緒に遊んであげるとかなら、もっと幸せだっただろうけど、取り敢えず住むところがあって、生きていけるだけましだろうという。俺は古いタイプの飼い主なのかもしれない。
家に帰ってから、猫の里親さんに電話をかけた。大豆田さんという人だった。男か女かわからずかけたけど、電話に出たのは単調な話し方をする年配の女性だった。
「すみません。猫の里親のチラシを見てお電話したんですが」
「ああ、ありがとうございます」
大して喜んでもいない感じがした。
「お譲りいただけないかと思いまして」
「そうですか。猫を飼われたことはありますか?」
「大人になってからはありませんが、子どもの頃、家で飼ってました」
「家族構成お聞きしていいですか?」
「一人暮らしです」
「男性ですか?」
俺は吹き出しそうになった。当たり前だろうと思う。
「はい」
「間取りは?」
「3LDKの一戸建てです」
「その広さをお一人で?」
「はい」
「他にペットは?」
「何も飼っていません」
「今、ご年齢は?」
「50です」
「これから、ご結婚なさるとか?」
「いいえ。ありません」
「理想的ですね。では、お勤め先の源泉も出してください」
「何のためにですか?」
俺は個人情報を出すのに躊躇する。
「ペットを飼うだけの資力があるかどうか知るためです」
「それはちょっとお断りします。でも、正社員なので、猫一匹くらいは問題ありませんが」
俺はむっとして答えた。
「猫ちゃんは腎臓病気になる子もいて、結構お金がかかりますよ。平均27万円くらいですけど。それでも飼いますか?」
「はい。問題ありません」
次第に面倒になって来たが、この人は、それほどまでに猫の将来を心配しているんだろうと思うことにした。年間27万は痛いけど、風俗に行く回数を減らして、衣料費や食費を削ろうと思っていた。
「じゃあ、今度、お宅を見せていただきたいのですが」
こうして俺は、知らないおばさんを家に招くことになった。
部屋を片付けながら、これが若い女性とかだったらよかったのになぁ、と変な妄想をしてしまった。もし若くて好みの女性だったら、猫をダシにして、ちまちまと連絡するだろう。おばさんだから、できればその場限りにしたいのだが、向こうから時々問い合わせが来そうだな・・・面倒だなと思った。せめて、もっと気さくな感じの人だと良かったが、愛想のない杓子定規な人のような気がした。猫の飼い方がなってないと、クレームが入りそうだった。
俺は頑張って片付けて、猫が誤飲しそうな細かいものは、掃除機で吸ってきれいにした。
そして、ネットで猫砂とトイレ、爪とぎ、キャットフードもそろえた。あとは蚤取り首輪だ。子どもの頃、親が買っていたのはそのくらいだった。足りない分は、後から購入しようと思っていた。孤独な一人暮らしに同居人ができる。それだけでワクワクしていた。
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