第3話 翌朝

 俺は一晩寝ると、猫を飼ったことをすっかり忘れて、リビングに降りて行った。すると、ソファーに白い毛皮が落ちている。冬になると売ってる、ムートンの毛皮みたいだった。あ、そうだ。昨日猫を飼ったんだった。俺はやっと思い出した。

 本来、猫というのは目に入った瞬間からかわいいものだが、その毛皮は毛並みがぼさぼさで、四肢が棒のようになって突き出していて、腹はくぼんでいた。全然かわいくないな。俺は思ったが、その時はそっと撫でてやった。


「え?」

 硬くて、冷たくなっていた。

「ええ!うそだろ!」俺は一人なのに叫んだ。


 なんと、猫が一日で死んでしまったのだ。

 俺は何もしてないのに、絶望的な気持ちになった。あのおばさんに知られたら、なんて言われるだろうか。猫を殺したと警察に駆け込まれるかもしれない。


 俺はとりあえず猫が腐る前に処分しなくてはいけないから、ペットの葬儀会社に電話を掛けた。その日の午後に来てくれるということだった。猫の死体は車で取りに来て、車の中で火葬して、ペット霊園に合祀するそうだ。しめて10,000円。俺は即決した。目の前から猫を早く遠ざけたかった。ゴミ袋に猫を入れて、1階の玄関に置いておいた。


 俺は猫を送り出してから、少しだけ猫臭くなった部屋で途方に暮れていた。床に少し猫の毛が落ちている。石松はご飯は食べていたが、トイレは使用されていなかったし、一体あいつは何だったんだろう・・・と脱力感に襲われていた。


 俺は不安になって、元カノに連絡をした。その子は猫が好きで、一人暮らしなのに、3匹の猫を飼っていた。俺はこれまでの経緯を話した。

「え、それ、まずいよ!猫はもう火葬しちゃったの?」

「うん。夏だから腐るといけないと思って」

「え、きっと虐待して殺したって騒がれるよ」

「どうしよう・・・俺、猫の飼い方がまずかったのかな。何も変なことしてないんだけど」

「黙ってて、何か言われたら、実は・・・って言えば?」

「でも、けっこうしつこい感じの人なんだよね。この子は神経質だから、電気は早めに消してくださいとか、トイレは毎日掃除しろとか、いろいろ注文つけて来てさ。昨日も帰った後に、メールで、そういえばって追加で注意書き送ってくるような感じで」

「そういう人は、今どうしてるかって聞いてくるよね」

「どうしよう・・・」

「せめて、燃やす前だったら、自然死って言えたのに」

「どうしよう・・・」

「じゃあ、替え玉を持ってきたら?」

「え?」

「似たような猫いるんじゃない?」

「でも・・・」

 俺はそれからネットで猫探しをしていたが、全身白で顔の半分に灰色のぶちのある猫というのはいなかった。1日で死んでしまったと正直に言おう。俺は心に決めた。


 1週間後、大豆田さんからLineが来た。

「石松は元気ですか?」

 俺はちょっと考えて、やっぱり正直に話すことにした。

「実はもらった次の日に亡くなってしまいました」

 そしたら、号泣してるスタンプが送られて来た。無料で使えるやつだ。

「あなた石松に何をしたんですか!?」

「何もしてないのに、朝起きたら死んでました」

「そんなの信じられません。すごく元気だったのに」

「嘘じゃないんです」

「それで遺体はどうしたんですか!?」

「火葬しました」


 すると、すぐに電話がかかって来た。それからは、ずっと怒鳴り続けていた。

「何で連絡くれなかったんですか?私もお別れしたかったのに!」

「申し訳ありません。気が動転してて」

「お骨は?どこにあるんですか?」

「ペット霊園で合祀してます・・・」

「ええええええ!!!」

「すみません・・・こういう話詳しくなくて」

 俺はどうしようかと思った。

 気が付いたら、大豆田さんは1時間以上怒鳴っていた。俺はスピーカーにしてちょっと離れたところに置いていた。保護猫をもらうなんてやめればよかったなと思う。ちょっと親切心を起こしてしまったせいで、今は猫殺しみたいにののしられている。人を預かるのは命を預かると言われるけど、動物も同じだ。とてもじゃないけど責任を負いきれない。

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