幕間 現世の記憶


「ねえ、貴女どこの中学? 私は北中からなの。よろしくね!」


 まだ新しい、けれど懐かしいとすら思える記憶が流れる。


 アズーロはこれは夢だと気付いていた。だってこれは、過去にあった出来事だからだ。


「わ、私は橘瑠璃たちばなるり。東中から来たの。よろしく」


 高校の入学式で、アズーロ———もとい瑠璃に初めて話しかけてくれたのは、出席番号で隣の席になった少女だった。


 やや髪色の明るい、くるりとした巻き毛が似合う大人っぽい女子だが、地毛だと知るのはもう数日後の話だ。


「名前、瑠璃っていうんだ。私と一字違いだね。ふふっ、なんだか姉妹みたい!」


「ほんとだ」


「ね、瑠璃って名前で呼んでもいい?」


「いいよ。私も呼んでいい?」


「もちろん!」


 彼女は人懐っこい性格で話しやすかった。

 瑠璃が入った高校は同じ中学の子が少なく、新しい友人ができるか不安だったが、北中出身の彼女のおかげで知り合いも増え、クラスでは四人の友達を作ることができた。

 瑠璃はこの出会いに感謝したものだ。

 少々押しの強い友人は、あの屋上で瑠璃の前で倒れた少女である。

 灰色のコンクリートの地面に倒れた姿を思うと、胸を掻きむしり泣き叫びたい衝動に駆られるrが、今の瑠璃に無事を確かめる術はない。

 むしろ、あの時見た際には彼女はもう―――

 それ以上、瑠璃は彼女への思考を放棄した。心が耐えられないからだ。


 そうしてふと、元の世界で自分はどういった扱いになっているのだろうかと疑問が浮かぶ。行方不明者扱いだろうか。

 それとも、彼女を殺した犯人として晒し上げられているのだろうか。

 再び思考が暗鬱とした泥沼に嵌まる。


 何しろ瑠璃の死体は無いのだ。

 彼女の体は、今や別の世界で違う名の「アズーロ」として生きている。

 よもや異世界に行っているなど誰が信じるだろうか。


 瑠璃、いやアズーロは居心地が悪くとも友達と笑いあい日々をすごしていた光景を眼裏に思い浮かべた。あの頃の自分がどれだけ幸せだったのか、こうなってから知るとは皮肉だ。生き辛さを抱えてはいたが過ごし慣れた日常に安堵していたはずだ。

 今のように、足元が覚束ない感覚が強くはなかった。


 失ってから初めて人は気付くと言うけれど、実際体験してみないとわからないのが人間、つまり自分の浅はかさだったのだとアズーロは夢の中で長嘆した。

 それから薄く唇を開き、吐き出すように零す。


「かえり、たい……」


 吐露した願いが、叶うとは到底思えずに、瑠璃は夢の中ですらそっと瞼を閉じた。

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