第16話 美少女エバ


(わ、綺麗な子……!) 


 アズーロは部屋に飛び込んできた少女を見て、思わず目を瞠った。


 陶器のごとく白い肌に、高い鼻梁、つんと尖った顎は人形のように整っていて、零れそうなほど大きな瞳はまるで宝石のアクアマリンのように美しかったからだ。


 さらりと落ちた水色のポニーテールがランタンの明かりで輝いている。

 まるで、天使のように美しい少女だった。


『ねえお祖父ちゃん! この子でしょう? 流れ者って』


 少女はガストの隣に立つと、背の高い彼を見上げながら何やら訪ねている。


『これ! 騒々しいぞエバ! ……アズーロ、この子は儂の孫娘のエバじゃ。エバ、ティファナ達が拾ったという少女がこの子じゃよ。名はアズーロじゃ』


『知ってるわ! 昨日噂になってたもの! でも、へえ……ふ〜ん?』


 ガストは少女を咎めるようにぴしりと声を放ったが、すぐに諦めたように苦笑して言葉を付け足した。


 彼は少女の頭に片手を置いて、名前だとわかるように「エバ」と二回繰り返した。そして自分を指差し、またぽんぽんと軽く叩きながらエバの頭に手を乗せる。


(成る程。この子はガストさんの家族か何か……年齢的に言ったらお孫さん、とかかな?)


 ガストの素振りにアズーロは見当をつけた。少女はアズーロと同じ年頃に見える。体つきはやや大人っぽいが、顔立ちには少し幼さがあるからだ。


 ならば親戚か、もしくは孫に当たるのだろう。外見は全く似ていないが。


 ガストの説明中、少女はなぜか品定めをするようにアズーロを見回していた。それこそ、足の爪先から頭のてっぺんまで、じっくりと。


 やけに強い視線に、アズーロは顔が引き攣りそうになるのを堪えるのに注力した。

 高校へ入学して、最初の自己紹介をした時にも感じた居心地の悪さにどぎまぎする。


(な、なんだかすごく見られてる……私、どこか変? 確かに目とか髪とか違うけど……)


 そう思っていると、エバと呼ばれた少女が急にくすりと笑みを零し、やや高飛車な態度で腰に両手を当てながら話し始めた。


『なあんだ! 普通の子じゃない! たんに色が違うだけね。顔も胸も、アタシの方が上だわ!』


 と妙に自信ありげな態度で言い放ったエバは、アズーロを見たまま、ふっと口端を上げた。その途端、隣にいるガストの顔がみるみる赤くなっていく。あれは、怒っている顔だ。


『エバ! なんてことを言うんじゃ! 言葉がわからないとはいえ、今のは失礼じゃろう! 流れ者といえど礼節は保たねば! お前は村長の孫としての自覚がだな、』


『だって事実だもの。可愛い子が来たって騒いでたけど、大したことないわ』


『お前というやつは……!』


 何か駄目なことを言ったのか、エバは村長のガストに怒られていた。が、当の本人はどこ吹く風だ。


(つ、強い……!)


 アズーロは感心した。歳は自分とそれほど変わらなさそうなのに、この子はガストよりも態度が大きい。


 あっけらかんとしているというか。


 そのせいか、恐らく何か言われたのだろうとはわかったが、それほど気にもならなかった。からりとしたエバの態度がそうさせるのだろう。


 ティファナは『あらあら。うふふ』と笑って見守っているし、ウルドゥに至っては呆れたような苦笑を浮かべている。


 どうやら、エバはこのテンションがデフォルトらしい。


『あら、この子ってば話せないの?』


『いいや。言葉がわからないだけだ』


 エバがガストに何か質問した。ガストはぐちぐち言っていたのを止め、はあ、と大きく肩を落とし溜め息を吐いた。

 どうやら彼は孫に敵わないらしい。アズーロは微笑ましい光景に口元を緩めた。


『そうなの。……ふふ! いいわ。アタシが面倒見てあげる。よろしくね! アズーロ!』


「え、あ、はい」 


 エバはふふんと勝ち誇ったような顔でアズーロに片手を差し出した。

 やや上から目線な気はしたが、どうにも憎めないエバにアズーロはちょっと苦笑しつつ握手に応じた。


(ま、いっか)


「よろしく、お願いします」


『ヨロ、シク? ああ、お願いしますって意味かしら? ここでは『リ・エト・デコラ』って言うのよ。ほら、言ってみて』


 日本語で挨拶したら、ここの言葉を教えてくれた。

 自分の唇を示し、次にアズーロの口端をちょんと指先でつつく。それからにっこりと、同性すら魅せられるような可愛い笑みを浮かべた。


(わ……)


 思わず見とれてぼうっとしてしまう。エバの水色の髪がさらりと肩を流れてまるで神話の女神のようだ。


「リ・エト・デコラ?」


『そうよ。上手いじゃない! これからアタシがみっちり教えてあげるわ!』


 よくできました、と言わんばかりにエバが笑った。屈託のない笑顔に、アズーロも思わず笑顔になる。


『エバ、お前という奴は……そういう態度じゃから友達ができんのだぞ』


 が、ガストは不服なようで、孫に何やら文句をつけていた。

 その言葉が刺さったのか、エバはやや顔を赤くして、悔しそうにきっと祖父を睨んだ。


『っう、五月蝿いわよお祖父ちゃん! じゃあねアズーロ! またアタシのとこに顔出しなさいよ! 絶対よ!』 


 言うだけ言って、さながら風のようにエバは部屋から出て行った。

 アズーロはただ呆気に取られてぽかんとするばかりだ。


(もしかして……ここで最初の友達って、あの子(エバ)になるのかな?)


 握手もしたし、たぶん彼女の方からの意味としても恐らく合っているだろう。

 きっと。たぶん。


 そうなら嬉しいなと、アズーロは思った。


(みんな、今頃どうしてるかな……)


 けれど同時に、アズーロは高校に入って友達になった女の子達の顔を思い浮かべていた。

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