幕間 蛇の眼


『……アラワレタ』


『おお、我が御神よ。何をご覧になられた』


 大きな水盤の前に、ひとりの男が佇んでいる。


 辺りは薄暗く、天井からは僅かな光が差し込むばかり。


 地下にある秘された【神殿】にて、海上帝国【ヌドマーナ】において絶大な権力を誇る国法執行機関「バロックス」総統、ドレスデント=イザータは、水面に映し出された巨大な〖目〗に深々と礼を取った。


『ヒノムスメ、アラワレタリ。ソノモノ、ワレヲオビヤカスモノ。コノチニ、ワザワイヲマネクモノ』


 水盤から、しわがれた声が響く。


 およそ人とは思えぬ、おぞましき声だった。


 男でもなければ、女でもない。


 千年万年生きた老人のごとき老獪さと狡猾さもあれば、凍てつくほどの冷徹さも備えた冥府の声だ。


 声は鏡面のようにひとつの揺らぎも許さない水面から響いている。


 そこには、細い針で割いたような、真っ直ぐとして怜悧な青い瞳孔が映っている。

 虚無を湛えた昏い虹彩は、まさしく異形そのものの眼だ。


『如何様に』


 頭を垂れたまま、畏敬を込めてドレスデントが訊ねる。彼の白長衣と肩に掛けた総統の証である青く鮮やかな帯が床に垂れ、末端に付いている銀飾りがじゃらりと鳴った。


『ワガモトヘ———ワガモトヘ、ヒキズリダセ———』


 そう告げると同時に、水盤はばしゃりと音を立て映していた瞳孔を掻き消した。


 静かに顔を上げたドレスデント=イザータは、民には見せぬ獰猛な瞳を青くぎらつかせながら「彼の主」が消えた水面を見つめた。


『……仰せのままに。我が御神よ』


 波紋に不敵な笑みを浮かべたドレスデントが真っ白な長衣を翻し、その場を立ち去る。


 歳四十にして影の王とさえ呼ばれる男は、その瞳を蛇のようにきゅうと細め、二股に別れた細い舌で口元を舐めながら、己が主に捧げる贄を捕える術を算段していた。


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