第1話「影の魔女」

「くそ……! 殺す!殺してやる!」

 

フェスは夜の見知らぬ街を休むことなく、ひたすらに走り続ける。その声は怒りと焦りが入り混じっていた。


「あの魔女、絶対許さねぇ!」


 ──数時間前


「誰だ?お前は」


「私の名はモーリー、影の魔女。あなたの影をもらいに来たわ……魔神様」


「なっ!?」


 突然現れた謎の魔女はそう言うと手を伸ばしてきた。フェスは咄嗟とっさに身をかわす。


「てめぇが、例の襲撃者しゅうげきしゃか!」


 ニタリッと笑い魔女はゆっくりと近づいてくる。


「なめんな!」


 フェスが叫ぶと同時に、魔女の足元に炎が広がり包み込む。


「きゃあ!!」


「ふん……ゴミめ」


 フェスは余裕の笑みを浮かべた。燃え上がっていた炎は一瞬にして消え去った。だが、焼き尽くしたはずの魔女の姿はない。


「消えた……だと?」


「残念だったわね。それは、私の影よ」


「ちっ!」


 背後に現れた魔女の手が伸びてきてフェスの首をつかむ。


「ぐぅっ!! はな……せ」


「ふふっ、聞いていたとおりね。あなたのような強い力を持った存在は初めて。さすが魔神と呼ばれるだけあるわ。だけど……」


 首をつかんだ手が、黒く染まり始める。そして闇が侵食し始め、フェスの体を侵していく。


「ぐっぐぐぅ……」


 フェスは魔女の腕を強く血がにじむほどつかんだ。だが振り払うことができない。


「数々の強力な悪魔の力を手に入れた私には勝てない」


 苦しむフェスを見て、モーリーは妖艶ようえん微笑ほほえみを見せた。フェスは体から何かが抜けていく感覚を覚えた。同時に力が抜けていき、ガクッとひざをつく。


「くっ……」


にらみつけるフェスを見下ろし、モーリーは不適な笑みを見せる。モーリーの指先から黒い影のようなものが現れ、徐々に形を変えていく。


やがて出来上がったのは人の形をしたもの、それは紛れもなくフェス本人そのものであった。その姿を見た瞬間、フェスは戦慄せんりつする。


「なっ!?」


(影を奪われた者は魔力を失なう……。)


 今日の魔界会議の事が頭によぎる。


「まさか!?」


 フェスは手をかざし、もう一度魔女を焼こうとする。しかし、魔法は発動しなかった。それどころか、今まで使えていた魔法も使えない。


「そんな……馬鹿な、どういう事だ?」


「ふふ、ドッペルゲンガー……、魔神様は聞いたことがあるかしら?」


「自分のそっくりな野郎を見ると死ぬっていう人間共の迷信だろ?くだらねえ……」


 そう言って鼻で笑うと、モーリーはクスリと笑った。


「迷信ではないわ。影は生まれた時から共にあり一緒に成長してきた。影は持ち主の力そのもの。私はそれを奪い自分の物にする事ができる。ふふっ、こんなふうにね……」


 そして、モーリーはフェスの影に手を当て、自分の影と同化させたのだ。


「私は、この数千年……多くの影を人間から奪ってきたわ。大切なものを失った人間はどうなると思う?絶望して生きる希望を失い、最後は自ら命を絶つ……ふふ、あなたもそうなるのかしら?」


「くそっ! てめぇ!」


 怒りの形相でにらみつけるフェスに対し、モーリーは満足そうな笑みを浮かべた。


「ふふっ、お別れの時間ね……」


 そう言って魔女は手をかざし、ゲートを開く。その先は人間界だ。


「待ちやがれ!」


 フェスはふらつきながらも追いかけようとした。そこへ、騒ぎを駆けつけた臣下たちが駆け寄ってきた。


「どうかされたのですか?」


「これは一体?」


「あの女は?」


 口々に疑問を投げかける。だが、今のフェスにはそれに答える気力もない。その様子を楽しそうに、見ていた魔女は両手を広げ言い放つ。


「魔神様は私に影を奪われ、その魔力を失いました。もはや、何の役にも立たない、ゴミ以下です」


「なっ!?」


 その言葉を聞いた者達は一斉いっせいに驚きの声を上げる。


「くっ……」


 悔しさに歯噛はがみをしながらも、フェスはその言葉を否定できなかった。実際、影を奪われてから力が出ないのだ。


そして、魔女は開いたゲートの中に入っていく。フェスは、ただ見送ることしか出来なかった。


「くそっ! くそっ!!」


 怒りに任せて地面を何度も、拳で殴りつける。その度に血が流れ出る。痛みなど感じない。


今は怒りだけがこみ上げてきた。しばらくして、落ち着いたのか、冷静さを取り戻したフェスは、背後にただならぬ気配を感じ振り向いた。


「……!?」


 そこには、いつの間にか臣下達がフェスの周りを囲んでいた。皆、氷のように冷たい瞳でフェスを見下ろしている。


「……てめぇら、さっきから何をぼけっと見ていやがる!? ささっと、人間界に逃げた魔女を追え!!」


「…………」


「…………」


 だが、誰も動かずじっと眺めているだけだった。


(やべぇな……) 


 フェスは臣下達の不穏ふおんな空気を感じた。首筋に冷や汗が伝う。その時、一人の臣下が一歩前に出た。


「フェス様……いや、フェス」


「てめぇ、誰に向かって……」


「力のない魔神など無価値!我らの主でも何でもないわ!このゴミめっ!」


「なんだと!」


 その言葉がきっかけだったのか、次々と声が上がる。


「ゴミめっ!」


「貴様に魔神を名乗る資格はない!」


(くそっ、俺の魔力がないだけで、こいつら……)

フェスは苛立ち、ギリッと奥歯をんだ。


「力なき悪魔は、人間界に追放せよ!」


「追放!」


 と、連呼しながら徐々にゲートの方にフェスは追いやられてしまう。


「てめぇら……」


「ゴミはゴミらしく、人間の世界で朽ち果てるがいい!」


 ゲラゲラッと笑いながら臣下達は、自分達の王をゲートの中へと押し込んだ。

 ──ドンッ


「うあああっ──!!」


 フェスはなす術なく、人間界に落とされてしまった。

 

 ──現在

 

「くそっ、くそっ、くそっ!!」


 フェスは苛立ちながら、病院の待合室にあるソファー肘掛ひじかけを蹴りつける。そこへ、一人の看護師が歩いてきた。


「おい、そこの女」


 しかし、その看護師はフェスの方を振り向かず、そのまま歩き去ってしまった。その姿は見えていないようだ。


「ちっ、駄目か」


フェスは深くため息をついた。悪魔は肉体を持たず魂だけの存在なので、このままでは人間界に干渉ができない。そこで、フェスは人間と契約を結び、望みと引き換えに対価として身体を奪うつもりなのだ。


あれから、フェスは契約できる人間を探しに街中を走り回ったが、見つける事は出来なかった。現代の人間は見る力を失っていたからだ。


 何の収穫もなく、一日中走り回ったせいで疲労困憊ひろうこんぱいし、体力は限界に達していた。そこで、フェスは近くにあった病院で休憩することにしたのだった。


「くっ……これじゃ、魔女をさがせねぇ」


 フェスは頭を抱えながら考え込む。


「大丈夫か?」


「……あぁ?」


 顔を上げ、声のした方を見る。そこには、心配そうな表情で見つめる青年がいた。


「……てめぇ、俺が見えるのか?」


「あ、あぁ……見えるけど」


 と、青年は戸惑い気味に答えた。

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