その存在を愛と呼ぶことにした
シェマ
第0話「夢」
プロローグ
──いつも同じ夢を見る。
「ひっく、ひっく……」
幼い子どもが肩を
顔はよく見えない。
「ひっく……ううっ」
──うるさい。
子供は苦手だ。すぐ泣くからだ。
「……ぁさ」
──何だ?
「ひっく……ぁん」
──よく、聞きとれない。もっと、聞きとろうとして近づく──。
「はっ!?」
目を覚ますと、幼い子どもの姿はなく、いつもと変わらぬ自室だった。
──呼吸が荒い、
「ちっ、……またか」
自分の
しかし、その美しさとは裏腹に、冷酷非情な性格をしている。気に入らないものは力でねじ伏せ、気に入らなければ殺す、そんな魔神である。
「くそっ、一体何なんだ、あのガキは……」
あの夢を見始めたのは、ここ最近だ。それからずっと毎晩見続けている「いい加減にしてくれ」と思う。
フェスは、はぁっと深くため息をつき、ベッドから起き上がる。不機嫌そうに窓の外を眺めた。外は赤く
コツ、コツ、ガチャリ──。
「フェス様……おはようございます」
ドアが開き、側仕えが朝食を持ってくる。それを静かにテーブルに置くと、フェスの脱ぎ散らかした服を、
「それに触るなっ……!」
フェスが手をかざした瞬間──。
(ドドーンッ!!)
爆発音とともに側仕えが吹き飛ぶ。部屋中に焦げた匂いがもくもくっと立ち込める。
しばらくして煙が晴れると、そこには無残な姿の側仕えがいた。衣服は焼け落ち、全身黒こげになっている。もう息をしていないだろう。
フェスは落ちたぬいぐるみを拾い、大切そうに枕のそばにそっと置いた(他人に触られると気分が悪くなる。いつ誰から
「フェス様……魔界議会の時間です」
ドアの向こうから声がした。議会の知らせに別の側仕えがやって来たのだ。フェスは着替えを済ませ、自室を後にした。
◆◆◆◆◆
「フェス様、おはようございます!」
廊下に出ると、悪魔達が横一列にズラッと並び、頭を下げあいさつする。
(……ゴミ共が)
フェスは、ふんっと鼻で笑い歩きだす。生まれた時から魔神として君臨しているが、崇められているわけでも、敬われているわけでもない、むしろ疎まれていると言ってもいいだろう。
だが、フェスは自分の力には絶対の自信があった。本気になれば、ルナスを一瞬にして滅ぼす事もできるだろう。それくらいの力を持っている。魔界では力こそ正義なのだ。今までずっとその力を誇示してきた。そして誰も逆らえない。
「さて、今日はあの事件の報告を聞くか」
謁見の間の豪華な装飾が施された大きな扉の前に来ると、二人の兵士が槍を構えて立っている。兵士は大きな扉を開けると、 入り口の両側に並ぶ。
フェスは赤い
(くだらない奴等ばかりだ)
内心、フェスは毒づく。いつも思う事だった。この場にいる悪魔達は、皆自分が一番偉いと本気で思っている愚か者達ばかりだった。だが、今はそんな事を考えている場合じゃない。
フェスは魔界議会の開会を宣言して、すぐに議題を出した。ここ最近の起きている事件のことだ。その事件について、一人の悪魔貴族が立ち上がった。臣下はルナスでも名のある貴族だ。臣下は、今回の事件の概要を説明し始めた。
「ご報告します。このルナスで起こった事件を調査いたしました……」
臣下の説明によると、悪魔達の影を奪い取る者が、最近魔界に現れたらしい。その者が狙うのは、ルナスの中でも大きな力を持つ悪魔たちだそうだ。そして奪われた者は魔力も失っていた。その者の名も性別も不明。
「私が調べた限りの情報では、襲撃者に襲われたのは主に四人の大公爵家です」
そう言うと、臣下はリストを配った。そこには四つの家の名と、それぞれの当主の名前が載っていた。それはどれも聞いたことのある貴族達の名前だった。
「………」
皆が沈黙した。それも当然だろう。影を奪われるのはたいして重要ではない。だが魔力は悪魔にとって己の権力に繋がる。しかも、その四つの家は誰もが知る有名な権力者なのだから。
「……これは本当なのか?」
「はい、間違いありません」
「一体どうすれば良いのだ!?」
「このままでは我々の地位も危ないぞ!」
次は自分たちの番かもしれないと、貴族たちがザワザワと騒ぎ出した。確かにこの状況は非常に危険である。フェスは腕組みをし呟く。
「野郎……何が狙いだ? 俺の魔界で好き勝手にはさせねぇ」
フェスは自分の庭が、荒らされた事に激しい怒りを覚えた。肘掛けをバンッと叩き、声を荒らげて言った。
「そいつを、必ず見つけ……」
──その時だった。
「影を奪われると、力を失う……面白い能力を持っているね。その襲撃者」
貴族たちではない、心をくすぐる甘い声が、どこからか聞こえてきた。全員が振り返ると、扉の前に青い長髪の男が立っていた。フェスは険しい顔で男を睨みつける。
「スィ……てめぇ、何の用だ?」
スィはふふっと笑みを浮かべながら王座に近づき、フェスの目の前に立つ。そして桃色の柔らかな唇が開き、ささやくように言った。
「相変わらず、つれないな。フェスは、そこが愛おしいとこなんだけど。ふふっ、僕は君のたった一人の家族だよ?」
「あぁ?家族だ? ふざけた事を言ってんじゃねぇ!議会の邪魔だ。とっとと、消えろ」
ハエを追い払うように顔の前で手を、ひらひら振り拒否を示したが、スィは涼しい顔で
(ちっ、忌々しい……こいつが家族だって? 冗談じゃない。俺にはそんなものはいない)
フェスは幼い頃の記憶がほとんどない。いつ生まれたのかも、親の顔さえも。覚えているのは、冷たい暗闇と痛み。それはまるで、地獄のような日々。フェスはそんな地獄の中を逃れるために、昔の記憶とともに、己の心を切り離す事を決意したのだ。
そうしなければ生き残れなかったからだ。切り取った心は人の形となり、新たな命を得たのだった。それが今ここにいるスィである。
スィはフェスと同じ
「ねぇ、聞いている? フェス」
不思議そうにスィはフェスの顔をじっと
「うるせぇ! 黙れ!」
フェスはイラつきながら怒鳴りつけた。
「ふふっ、ごめん。怒らないで? そうだ、今度一緒に食事でもしよう」
「ふざけんな。てめぇとは、飯なんざ食わねえ」
(こいつがいると、議会にならねぇ……今日はここまでだな)
フェスは軽く舌打ちをし臣下達に引き続き事件の捜査と襲撃者の捕縛を命じた。
「あれ? もう、終わりなの?」
白々しいスィの言葉を聞き流し、謁見の間を後にする。後ろで追いかけて来たスィが、何か言っているが無視しササッと廊下を歩きだす。
◆◆◆◆◆
(あいつの相手は疲れる)
スィの明るい口調が気に障った。いつもなら適当にあしらうが今日は何だか苛立ちが収まらない。きっと朝に見た夢のせいだ。気持ちが治まらず、一度自室に戻る事にした。
フェスはベッドの上に寝転び目を閉じた。ふと、あの夢を思い返してしまう。幼いこどもは泣いていた……。どうして泣いているのか思い出せない。いや考えるのはよそう。自分には関係ないことだ。
「…………」
フェスは横に寝返りをうち。ゆっくり目を開けると、暗い部屋の中、目の前に一人の黒いローブを着た女が立っていた。
その女は「やっと見つけた」と言って笑った──。
「誰だおまえは?」
「……私の名はモーリー。影の魔女、あなたの影を貰いに来たわ。魔神様」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます