第23話 正義と不穏
自分の主張が、プライドが、絶対的に正しいことだとみんな信じ切ってしまうのだろう。
「君には禁忌の味が沁みこんでいるんだ。その味は世の中の悪をすべて集めても足りないくらいの、毒薬でできているんだ。君という悪魔が悲しんで痛がっている。君が痛がることによって世界が平和になっていくような気がするよ。神はこう言うだろうね。――これで悪は滅んだ、と」
闇にもいろんな感情が混ざっていることを、絶対的な正義が悪を孕んでいることをみんな知らない。
みんなは自分の中の悪を意識していないのか、それとも、もとから自分には悪いところがない、と信じ切っているのか。
それなら僕は羨ましい。
自分の中の悪に蓋をして毎日楽しく生きている、――普通の人たちが。
言葉で簡単には表してはいけない感情があるのに、悪にも染まりきれない悔しさ、震えるようなふらつき、かといって善にもなりきれない衝動が、心の闇には潜んでいることをみんな知らない。
もう誰も傷つけたくない、と思っても、僕はまた人を傷つけるんだね。
上を見るしかない。
そうじゃないと耐えられなかった。
こんなこと、みんなされている。
僕だけがつらい目に遭っているわけじゃない。
こんなこと、普通は嬉しいんだ。
ううん、怖いんだ。
とても怖い。
世の中には僕よりもつらい思いをしている人がたくさんいるのになぜ、怖いなんて思ってしまうのだろう。
「痛いか?」
僕は頷くことさえもできなかった。
僕は罰をもらうことで幸せを掴むしかない。
どこが痛いのか、どこが触れられて欲しくないのか、このまま死を抱いてしまいたい。
そして、眠ってしまいたい。
「……これで怖がれ。なあ、ミノル君。ナイフが君を抱くよ」
男は首筋にナイフを突きつけた。
怖い、なんて思っちゃいけない。
正義がナイフを縛る。
ナイフが正義を縛る。
ナイフはくくる、くくる、くくられる、と呪文を血で書きあげる。
声を押し戻した。
息の音はすさまじく早くなっていた。
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