第21話 喰われた名前
「――君は永遠にここから出られないのさ。青春も未来もドブに捨てて、憐れみか。仕方ないよ。君は生まれてきたこと自体が罪なんだ。まあ、可哀想だな、そういう意味では。でも、もう充分だろ。すごく怯えているね。怖いんだね、人殺しのくせに」
男の顔が脳裏を貫いたように感じた。
穏やかな水面下に荒波が立ちこめ、ワナワナと震えるように視界がゆがみだす。
男の口元は獲物をしとめる赤い蛇のように僕を捕らえている。
やめろ、と言いそうになる。ダメだ、ここでそれを言ってはならない。
でも、男の耳には、……やっめっ、という言葉がしっかりとキャッチできたようだった。
「……やめて、とちゃんと言ってごらん。――ほら」
僕は声を出すのをこらえた。
歯ぎしりを立てる。
前歯が粉々になるまで僕は強く噛んだ。
シーツがクシャクシャになる。
息が宙に舞う。
声も自分のものではない。
男は右手で太腿を押さえ、片方の手で僕の胸に触れた。
群がるムカデのように男の手は奥へと侵入してくる。
「――ミノル君、君は本当に悪い子なんだ。なぜなら、君はふたりもの尊い命を奪ったか?」
この少年の、喰われた名前が言い渡される。
正義が僕のかつての呼び名を宣告する。
今さらわかったことだけど、僕はミノルという名の少年だったらしい。
「わかっているのなら、どうして、君はふたりの人間を殺したのかい?」
「わから……ない」
名前なんて単なる記号だ。
親が子どもに無理やり与えた呪いだ。
「じゃ、ここでお仕置きをしよう。君の悪を処刑しよう」
もういい。
どこまでもこの男の言いなりになればいいんだ。
死んだ女の子たちが味わった恐怖を味わういいきっかけになるのだから。
ポッとお腹が熱くなる。
僕は思わず目を閉じた。
体臭が僕を緩く包んだ。
秘密に触れるな、いや、触れないで。
わかりたくない、ゆがんだ身体になりたくない。
なぜ?
僕は女の子を汚したのにゆがみたくないなんて思うだろう。――開けなさい、ともうひとりの自分が忠告する。
《――死んだ女の子たちの気持ちをわかるためにいやでも開けなさい》
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