神様 5

 そのようなこともあってか『低料金では診察の質が落ちる(安かろう悪かろう)』なんて裂帛の気合いが同調圧力の圧になった。

僕もあちらこちらで聞かされてきた業界の金看板だった。

 低料金という表現は苦笑ものだ。

そうではあるが、飼い主さんにも病院にも無理のない適正料金とは奈辺にあるのか。

それが高いのか、安いのか。

これはもう実際にお金を支払う飼い主さんの胸一つと言うことになる。

 どんな業界にも、利益絡みの嫉妬やら義憤やら付和雷同やらでごちゃごちゃと解決のつかぬ問題を調停する組織がある。

いわゆる業界団体ってやつだ。

動物のお医者さんにも日本●医師会なんて団体がちゃんとある。

日本の多くの地域で開業獣医師をまるであらせいとうの花の様に束ねている組織だ。

それなりの力があるはずだが、表に顔を出して、万事仕切り倒すかといえばそんなこともない。

地域によって診療料金にバラツキがあるからクライアントも混乱するし獣医師もいらぬ気苦労をすることになる。

それならば●医師会による診療料金の標準化を行って会員に布告すれば良いのでは?

駆け出しの浅知恵で僕もそんな短絡的な解決法がエウレカと思ったものだ。

ところがどっこい一見冴えた解決法は言語道断な違法行為なのだった。

即ちカルテルやら談合なんちゃらってことで、泣く子も黙る公正取引委員会の摘発対象となるのだよこれが。

当然のことながら公益社団法人がそんな愚を侵す訳がない。

 料金体系に対する問題解決としては、恐らく談合が一番手っ取り早い。

最低料金だけを決めて後は各々ご自由にと成れば簡単にことが進む。

それぞれの病院が課金の根拠を明瞭にしてクライアントに選択してもらえれば良い。

鮪の握り一貫を同じエリアにある銀座と築地どちらで食べるか。

それと本質は一緒だ。

この手の解決法が日本の風土と慣習から言えば、ついた餅が固まるようによくなじむと思うのだが、どうだろう。

 時々思い出したように摘発を食らっているゼネコンの談合問題だってそうだ。

公正取引委員会に談合係でも設ければよい。

常識はずれの金額になったり、小さな会社が苛められないよう監視の徹底に専念するのだ。

そうすれば、大手の利益は小さくなるかもだが、長い目で見ればみんなが幸せになれるのではないかと思う。

自由競争と言えば聞こえは良いが、役人を天下らせて情報を取ったり。

政治家に鼻薬を効かせてことを有利に進めようとしたり。

そんなこんなで、結局最後は誰の為にもならない刑事事件と成ったりするわけだ。

それなら、与えられた課題をこなせるもの同士で仲良く仕事を分け合えばよい。

天下りだの。

政治献金だの。

オーディナリーな皆さんにすこぶる不評な悪事に手を染めなくても良くなるのではと思う。

管理された談合でwin-winを目指せば、みんなが幸せになるに違いないとモブな庶民は愚考する。


 ともさんは篠田さんに神様呼ばわりされて過剰反応をしてしまった。

それは、誉められ嫌いという個人的資質だけではない。

実は動物病院の診療費にくっついた、適正料金という名のタグが大いに影響していたのだった。

ともさんは開業以来、●医師会や同業者の集まりで、診療料金ことでいやみを言われることが多々あった。

時には同窓の先輩経由で遠回しの忠告を受けたりもした。

ともさんは適正料金という錦の御旗の下、様々な干渉を受けてきたのだった。

適正料金っていかほどですか?

業界の誰も答えられないが、業界の誰もが口にする魔法の言葉だ。

あえてそれを意訳すれば『空気読めってことだよ!』になるだろうか。

 僕のような駆け出しの使いっ走りから見れば、とも動物病院の診療料金が特別安いとは、どうしても思えなかった。

だがしかし、とも動物病院の診療費が気に入らない。

自院に都合が悪い。

そう考える病院が複数存在するのは確かなようだった。

 そのような背景事情があって、ともさんは自分の病院の診療料金が安いと言う評判がたつ。

そのことことが、もっぱらの憂鬱のタネらしかった。

篠田さんに限らず、診療の後お気楽な調子で「とも先生のところは安くて助かるわー」とか。「とも先生は良心的よねー」などとのたもう主婦の方々は多かった。

「へへ、毎度おおきに」くらい言って軽くいなせば良かろうにと僕は思う。

ところがともさんは少し早口になっていつでも弁明に努めるのだった。

「そんなこと無いですよ。

うちはこまめに見てますからね。

トータルで見ればやはり高いですよ」

なんて言い訳をしている。

『何のこっちゃ言ってることがさっぱりわからん。

人から誉められるのが苦痛なのは分かる。

だがそこで言い訳してどうするんじゃい。

額に玉の汗が浮かんどるぞー』

この見かけによらずチキンな先輩は、クライアントの心無い賛辞で簡単に狼狽えるのだ。

その度に、お側に仕える僕としては、溜息交じりの尊敬心がいや増しに増すのを感じるのであった。

いつの世も良き人には気苦労が多い。


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