神様 4
動物病院と診療料金の関係はまことに悩ましい。
このことを軽々に語ることはできない。
まして面白半分の暴露ネタとして部外者に物語るなぞ、業界ではタブーと言ってもよいだろう。
人の医療の様にお国が標準の診療料金を定めていれば問題はない。
しかし動物、ことさら小動物については自由診療の立て前がある。
国保の利かない美容クリニックと同様、診療料金に関する公的基準は存在しない。
これは飼い主さんから見れば大問題だろう。
同じ様な治療でも病院によって地域によって料金がまったく違う。
僕みたいな駆け出しのインサイダーならば、内心ではおかしなことだと思ってしまう位だ。
治療に関しては結果が良ければ、例え請求が高額であってもまだしも納得がいくだろう。
しかしワクチンやフィラリアの予防薬に値段の差があるのは合点がいかぬ。
と言うのがオーディナリーな皆さんの正直なところだろう。
この問題に関しては、チキンなともさんに限らず。
多くの獣医師が密かに頭と心を痛めているに違いない。
『病院を維持するための各種経費を案分して、最低期待したい収益はこのくらい。
而(しこう)して診療料金のこの金額はどうにも譲れまい』
などと、料金を決定するプロセスは何処の獣医師でも似たようなものだろう。
だが、高価な検査機器を各種取り揃え、より先端的で高度な診断と治療を目指す。
家族を犠牲にしてでも日夜研鑽と努力を惜しまない。
そうした言うなれば、魔王に立ち向かう勇者みたいな英才獣医師なれば。
『高いコストと自負心に見合った診療料金を請求したいだろうな』
と、ザコキャラにも成れないモブな僕は思う。
一方、そこそこの機材にそこそこの診療で満足してしまう。
怖くて手が出せそうにもない症例は勇者パーティーに全振りする。
そんな並才獣医師は、低いコストと省エネな意欲に見合った料金で、充分嬉しくなってしまうものだ。
・・・僕のことです。
この他にも、開業時に多額の借入金がある。
二代目三代目なので総領の甚六とは言わぬが借金に苦しんだ経験がない。
料金設定が高めあるいは低めの病院で代診生活を過ごした。
等々の個別の条件も診療費に影響を与えるだろう。
問題はこうした動物病院個別に存在する条件が、外部からは全く伺い知れぬことだ。
単純な怪我や下痢の治療など、一見したところ同じ様に見えるだろう。
それでも病院による条件の違いで、診療費が異なることは十分にあり得るのだ。
それを見ておかしいと感ずるのは消費者としては当たり前の感覚だろう。
だが獣医師の側からすればちょっと待ってほしいと言う反論も出よう。
高価な検査機器を取りそろえ研鑽を積んでいる英才獣医師なら、きっとこう考えるだろう。
『僭越ながら、吾輩は高い費用を払って研修を受け日々勉学を怠らず設備投資も万全である。
一見単純に見える病態から、並才獣医師なら見落とす病根を突き止めることも吾輩になら十分可能である。
明らかに単純で簡単と思われる病気でさえ、吾輩は万が一を見落とさぬように高度な目配りをしているのである。
なれば吾輩の診療に高いコストが跳ね返ることはやむを得まい』
是非はともかく吾輩の言には、それなりに筋道は通っていると思われる。
高いコストには高い負担も致し方がないと主張されれば、暴利とは誰にもいえまい。
こうした思いは設備投資を惜しまぬ勉強家の英才獣医師ならば必ず抱くだろう。
自分の目から見れば低い水準と思える同業者が、低コストを良いことに安い料金で診療を行う。
それで繁盛でもしてようものなら、言うに言われぬ怒りや不満を覚えるかもしれないが、どうだろう?
まあ、並才ははなっから英才には相手にされていない。
まったく眼中にすら入れて頂いていない可能性すらある。
並才獣医として生きてきた僕にはそう思える。
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