第9話 【ハイネ視点】半熟騎士から見た狼少女

 正午を伝える鐘が鳴って、少しした頃。

 俺、ハイネ・マスカルはラピス学園のガーディアン本部で、トワ先輩と話をしていた。


「……以上が、呪薬密売に関する調査報告です」

「ご苦労様。けど、これと言って手掛かりなしか」

「すみません。売り子が学園内にいることは確かなのに、もどかしい」

「物が物だからね。敵も慎重ってことだろう。けど、このまま野放しにはできない。あれは危険な物だからね」


 先輩の言葉に、俺も強く拳を握る。

 それくらい分かってる。呪薬のもたらす力も、その副作用も、どれだけ危険かも。

 だからこうして焦って……。

 

「けど、だからって焦らなくて良いよ」


 ……は?

 まるで俺の心を読んだみたいに真逆の事を言われて、力が抜けた。

 すると先輩は穏やかな顔で、諭すように言ってくる。


「事は深刻だけど、だからこそ心に余裕を持たなきゃ。でないといざと言う時、空回りしてしまうよ。大丈夫、みんな頑張ってくれてるから、思い詰めないで」

「別に思い詰めてなんか」

「そう? この前ルゥが怪我したことを気にしてるように見えたのは、俺の勘違いかな?」


 ──っ! この人は何でもお見通しかよ。

 本当に心が読めるんじゃないだろうな?


 少し前に起きた、モシアン先輩が暴れた事件。

 大事には至らなかったとはいえ、あの時ルゥは怪我をしていた。


 そして重要なのは、それが呪薬が引き起こした事件だと言うこと。

 別に俺が悪いわけじゃないってことは分かっているけど、どうしてもそこが気になってしまう。

 俺も、そしてトワ先輩も、呪薬には因縁があるからなあ。


「先輩は、気にしてないんですか? アイツと、仲良いんですよね?」

「ルゥと? もちろん。あの子は俺の、妹みたいなものだからね」


 妹、か。アイツが聞いたら喜ぶか悲しむか、分からねーな。


「だから怪我をしたって聞いた時は、気が気じゃなかったよ。あの時、現場に行かなくて良かった。もしかしたらモシアンに、死んだ方がマシと思うくらいの、罰を与えていたかもしれない……」


 ……冗談、ですよね。

 いや、このトワ先輩の目は本気だ。そこにいつもの優し気な笑みは無く、魔界の怪物だって逃げ出しそうな、鋭くて恐ろしい眼差しをしている。

 トワ先輩、怖いですって。


「俺より先輩の方が、よほど気にしていませんか?」

「そうかもね。けど、気にするのと焦るのは違う。なかなか尻尾が掴めずにもどかしい気持ちは分かるけど、ハイネはハイネのペースでやれば良いんだから」


 危険な呪薬が出回ってるってのに、悠長な事を言ってくれる。

 けど、先輩が言いたいことも分からないわけじゃない。焦れば大事なことを見落としてしまうかもしれないし、ここぞと言う時に大失敗をしてしまうかもしれない。

 少しは心に、余裕を持たなきゃいけないってことか。


「まあ、まずは食事を取ってきなよ。昼食まだだろ」

「そうですね。では、失礼します」


 トワ先輩に見送られながら、俺はガーディアン本部を出る。

 調査報告のせいですっかり遅れてしまったけど、昼食を片手にいつもの校舎裏へと向かう。

 だけど廊下を歩いていると。


「ハイネ君ハイネ君」


 同じクラスの女子が数人、声を掛けて来た。そして。


「ねぇ、お昼はもう食べた?」

「私達、これからお昼御飯なんだけど、良かったら一緒に食べない?」


 前にいた女子達がそんなことを言ってきて、俺は内心、「またか」とため息をつきたくなる。


 コイツらには、今まで何度か昼食に誘われていたけど、その度に断っていた。

 せっかく誘ってくれたのに、悪いって気持ちが無いわけじゃねー。

 自分が目を引く容姿だって自覚が無いわけじゃないし、うちは家柄も悪くないから、近づこうとする気持ちも、まあ分かる。

 けど、女子は苦手なんだ。

 そんなグイグイこられても、困るんだよな。


「悪い。他を当たってくれ。俺がいない方が、ゆっくり食べれるだろう」

「そんな事無いよ。私達は、ハイネくんと一緒に……」

「くどいぞ。昼飯くらい、一人で食わせてくれ」


 食い下がろうとする女子を相手に、ぶっきらぼうな物言いになる。

 けど、しまった。さすがに今のは言い過ぎたか?


 前にこんな返しをして、相手を泣かせてしまったことを思い出す。

 今回もまた、泣かせてしまったか? なんて思ったけど。


「はうっ。ハイネくんの氷のような言葉、頂きました」

「あ、ズルい! ハイネくん、私のことも罵って」


 先頭の子は幸せそうな笑みを浮かべ、後ろにいた奴からはとんでもない要求をされた。

 お前ら正気か!? やっぱり女子って、訳わからねー。


「悪いな、急いでいるんだ。またな」

「あ、ハイネくん!」


 逃げるようにして、俺はその場を離れる。


 やっぱり、女子は苦手だ。

 何考えてるのか分からねーし、グイグイ来るし、時には俺の私物を、勝手に持って行くやつまでいるんだ。

 そんな奴らの相手をするのは、面倒くさい。できることなら、女子とはあんまり関わりたくねーよって、常々思っていたけど。


 女子をまいてやって来たのは、いつも昼食を取っている裏庭。

 するとそこには、既に先客がいた。


「もぐもぐ……あ、ハイネ。ずいぶん遅かったじゃねーか」


 米を固めた固まり、『おにぎり』ってやつを頬ぼっているのは、頭に狼の耳を生やした転校生、ルゥ。

 元々ここは俺専用の場所だったけど、最近はコイツがいるのが当たり前になっているな。


 ルゥは少し横に退くと、ポンポンと地面を叩いた。


「腹減ってるだろ。昼休みが終わる前に食っとけよ」

「ああ……」


 言われた通り素直に隣に腰を下ろして、サンドイッチを食べ始める。


「なあ、遅くなったのって、やっぱりガーディアン絡みなのか?」

「まあな」

「ひょっとして前の、呪薬の件か? あの後、何か進展はあったか? って、これって聞いちゃマズイか」

「ああ。悪いな、捜査情報を外部に漏らすわけにはいかないから」


 なんて返したけど、本当は漏らすほどの手掛かりなんて無いんだよな。

 密売組織も売り子も、まだ見つからない。おかげで俺達ガーディアンは、連日情報集めに大忙しだ。

 もちろん、トワ先輩も……。


「なあ」

「ん、どうした?」

「お前は、トワ先輩に会いたくてわざわざ転校してきたんだよな。なのにあんまり会えなくて、嫌じゃないのか?」


 ふと浮かんだ疑問を、口にしてみる。

 ルゥは「そうだなあ」と考えたけど、すぐに結論を出す。


「あんまし会えないのは、やっぱり嫌だな。けど仕形ねーよ。トワにはトワの、やらなきゃいけないことがあるんだからさ」


 そう答えるルゥはやっぱりちょっと寂しそうで、耳も力なく垂れている。

 だけど。


「アタシはアタシのやり方でトワの役に立つよう頑張りゃ、それで良いさ」


 すぐにまた元気な声を上げた。

 行動力があるくせに、意外とグイグイ行くわけじゃないのが、コイツの不思議な所。

 さっきの俺をしつこく誘ってきた女子を、少しは見習っても良いんだぞ。


 そしてそれともう一つ、気になることが。


「トワ先輩の役に立つって、いったい何をする気なんだ?」

「へ? そ、それはまだ秘密だ」


 これ以上は言えないと、口を閉じてしまったけど、何だか怪しい。


 何を考えてるのかは知らねーけど、頼むからこの前のような無茶苦茶はやめてくれよ。

 せっかく怪我も治ってきたんだからよ。


「それより、ハイネの方こそ昼休みまで仕事で、疲れてんじゃねーの? ほら、アタシの奢りだ。食え」


 ルゥは笑いながら、おにぎりを差し出してくる。


 それは下心があるわけでもない、女子って言うよりはやんちゃな男の子みたいな、裏表の無い無邪気な笑顔。

 本当、コイツはこういう顔がよく似合うな。

 それに全然女子っぽくないし、一緒にいても疲れねーわ。


「ん、ハイネ。お前今、失礼なこと考えなかったか?」


 不意にさっきトワ先輩がやってたみたいに、心を読んでくるルゥ。

 さすが人狼、野生の勘が鋭いのか?


「別に変なことなんて考えてねーよ。まあ、お前が変わり者だけど、悪いやつじゃないっては思ったけど。おにぎりサンキュ。ありがたくいただくよ」


 受け取って、昼食を再開させる。


 ルゥはルゥで、まだ何か言いたげだったけど、「まあ良いか」って残りのおにぎりを食べ初めた。どうやら食い気の方が勝ったらしい。

 俺もほっとしながら、もらったおにぎりをかじる。


「旨いな」

「だろ。今日はハンバーグが入ってるんだ」


 牙を見せてニカッと笑う。

 本当、変な奴が転校してきたもんだ。けど、悪いやつじゃないな。


 そんなことを思いながら、隣に座る狼少女の横顔を眺めた。

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