密売組織を追え
第10話 狼少女と呪薬の捜査
ラピス学園に転校してきてから、3週間。
頭上に月が浮かぶ頃、アタシは学園の寄宿舎へと戻ってきた。
「ルウちゃんお帰りなさい」
玄関を入ると、声をかけてきたのはここの管理人さん。
40歳くらいの人間の女性で、人狼のアタシを他の子と区別することなく接してくれる、優しい人だ。
「今日も遅かったわね。毎日遅くまで、いったい何をやっているの?」
「ちょっとね。食堂はもう終わっちゃった?」
「大丈夫よ。ルウちゃんの分はお弁当にしてあるから、部屋で食べなさい」
「うん、ありがとう」
お礼を言って弁当を受け取ると、自分の部屋へと戻る。
寄宿舎に住む生徒には、一人につき一部屋が割り当てられている。
部屋の中は椅子と机、それにベッドが置かれているだけの簡素なものだけど、一人が寝泊まりするにはこれで十分。
ランプに火をつけ、弁当を机の上に置いて椅子に腰を下ろす。
そして夕飯を取るわけでもひとっ風呂浴びるわけでもなく、鞄から地図を取り出して、机の上に広げた。
「今日も収穫なし、と」
広げているのは、この街の地図。
地図には数ヵ所、赤いペンでバツ印がつけられていて、アタシはさらにもう一つバツを書き加える。
「なかなか見つからないなー。けど、だいぶ絞りこめてきたかな」
さっき管理人さんが言っていた、毎日帰りが遅くなっている理由がこれ。
探しているのだ。トワの言っていた、呪薬密売人のアジトを。
トワってば、校内で受薬が出回ってるって言って、困ってたもんな。だからアタシが密売人のアジトを見つけて、力になってやるんだ。
エミリィは学園内にいる売り子を探しているみたいだけど、アタシが探すのは大本である密売組織。
一介の女子学生に、そんなもの探せるかって? もちろん、簡単じゃないことくらい分かってる。
けどアタシだって、無策で探してるわけじゃない。
改めて地図のバツ印をつけた場所を見る。これらはアタシが、足を使って調べて行った場所。そして印は全部、川の周辺に付けられていた。
実は呪薬の栽培場所は、川の近くってふんでるんだよね。
何故なら呪薬の元になっているのが、ヒガーの葉だから。
ヒガーの葉は故郷の森にも自生していたけど、それらは全部川の近くに生えていた。
このヒガーの葉、実は育つには綺麗な水が必要不可欠なんだ。森暮らしをしていたアタシは、その事を知っていた。
大規模な栽培場があるなら、近くに必ず水辺があるはず。つまりアジトは、川の側にあるってこと。
ただ人目につく場所で、堂々と栽培されているわけではないだろう。もしも建物の中で呪薬が育てられているのなら、外からでは分からず見つけるのは難しい。普通なら、ね。
あの時ガーディアン本部で、呪薬の実物を見ておいて良かった。
いや、違うか。匂いを嗅いでおいて良かった、だな。
アタシは鼻をひくひく動かして、あの時嗅いだ呪薬の匂いを思い出す。
ヒガーの葉の香りにツンとした刺激が加わった、独特の匂い。その匂いを頼りに、アタシはアジトを探していた。
人狼の嗅覚は、人間よりもずっと優れているんだ。怪しいと睨んでいる範囲の中で匂いを嗅いでいって、気になる場所があれば徹底的に探す。
これはトワにもハイネにも、情報収集が得意っぽいエミリィにもできない、アタシだけのやり方だ。
生憎まだアジトは見つかっていないけど、こういうのは根気が大事。
時間が掛かろうと、絶対に見つけだしてやる。
「明日こそは、見つかりますように」
最近すっかり日課になっている言葉を言うと、地図を鞄の中にしまう。
そしてもらってきた弁当を広げて、遅い夕飯を取るのだった。
◇◆◇◆
翌日の昼休み。
今日もいつも通り、昼食の入ったバスケットを手に、校舎裏へと向かっていた。
放課後にはまた呪薬の栽培場所を探さなくちゃいけないから、昼はしっかり食べておかないとな。
だけど早足で廊下を歩いていたら、不意に後ろから声を掛けられた。
「ルゥ!」
「えっ……あ、トワ!」
廊下の先には、手を振っているトワの姿が。
アタシは尻尾をブンブン振りながら近付いて行く。
「今からお昼?」
「うん。そうだ、よかったらトワも一緒にどう?」
せっかく会えたんだ。たまには一緒に、昼飯くらい食べたい。
校舎裏にはハイネもいるけど、相手がトワなら許してくれるだろう。
だけど。
「気持ちは嬉しいけど、ゴメン。今からガーディアンの集会なんだ」
「え、昼休みなのに? ひょっとして、例の呪薬絡み? 何か分かったのか?」
「それもゴメン。生憎、詳しいことは言えないんだ」
むう、教えてくれないのかよ。
仕方がないって分かってるけど、やっぱり仲間外れにされてるような気がして、ちょっと面白くないなあ。
「ガーディアンの集会ってことは、ひょっとしてハイネも?」
「そうだけど。ハイネがどうしたの?」
「ちょっとな。昼休みなのに大変だなーって思って」
本当は、今日は一人で昼食食べなきゃいけないのかって思ったからなんだけど。
「最近は色々忙しいんだ。来月には舞踏会も控えてるし、トラブルの種は早目に何とかしなきゃいけないからね」
「え、舞踏会? そんなのあるのか?」
「知らない? 年に1度行われる、生徒の親睦を深めるためのイベントなんだ。当日はみんなスーツやドレスを着て、料理を食べたりダンスを踊ったりするんだよ」
そんなイベントがあるなんて、もちろん知らない。
相変わらずクラスの奴と話すことはほとんどないし、ハイネだって何も教えてくれなかった。
エミリィとも時々話すけど、大抵はケンカになっちゃうからなあ。
「舞踏会があるなんて、さすがラピス学園。すげーなあ。まあ、アタシには関係無いか」
「ルゥは行かないつもりなの?」
「だって、舞踏会なんてガラじゃねーし。それに、ドレスだって持ってねーもん。舞踏会の料理が食べられないのは残念だけど、無理だって」
当日は宿舎で、おにぎりでもかじっていよう。
だけどトワは、何か考えるように首を傾ける。
「ドレスがないなら、仕立ててもらうといいよ。費用はうちが出すから」
「へ? いやいや、何言ってるんだ。ドレスなんて安いもんじゃないだろ。そんなの貰えないって」
「遠慮しないで。俺はファーストダンスは、ルゥと踊りたいって思ってるんだ」
「お、踊る? アタシとトワが!?」
そ、それはかなり魅力的かも。
頭の中に、ドレスアップしたアタシと燕尾服を着たトワの姿が浮ぶ。
トワにリードされながら、ステップを踏んで踊る自分を想像すると、自然と顔がにやけてくる。
けど、待て待て。ダンスの相手に選ぶってのがどういう事か、アタシだって分からないわけじゃない。
前に読んだ本では、男は彼女にしたいって思ってる女に声を掛けるんだって書いてあったけど、それってつまり……。
「な、ななな、何でアタシを。トワならもっと他に、相手いるだろう」
「うん。何人かから声を掛けられてはいるけど」
いるのかよ!
「実はこれは、大祖父様が言い出したんだ。ルゥが踊ってくれれば、魔族だって人間と変わらない。仲良くやっていけるってことを、アピール出きるって」
「へ? 大祖父様?」
この学園の理事である、トワのひい爺ちゃん。
それってつまり、学園の広告塔になれってこと?
アタシが魔族だから、一緒に踊ってほしいってことかよ。本に書いてあったような、キャッキャッウフフのアレコレじゃなくて。
熱せられていた頭が、途端に冷めていく。
ヤベえ、一人で舞い上がって、恥ずかしー!
するとそんなアタシを見て、トワは何かを察したように言う。
「けど乗り気じゃないなら、無理にとは言わない。大祖父様から言われはしたけどそれはこっちの都合だから」
「う、うん。ま、まあアタシがいなくても、トワなら相手なんて、選び放題だろうしな」
「そうでもないよ。俺の場合、理事の曾孫って立場があるからね。自分の意思で誰かを誘うこともないし、誘われても断るようにしてるんだ」
「そうなのか? でも自分で選んだわけでもない奴と踊って、面白いのか?」
「さあ、どうだろう。楽しいとか楽しくないとか、そんなこと考えた事もなかった」
と言うことはトワにとって、やっぱりダンスはただの事務的なものなのかも。
けどそんなんで踊っても、アタシだったら退屈そう。
「でも、ルゥと踊るのは、本当に楽しみだから」
「なっ!?」
「きっかけは大祖父様に言われたからだけど、ルゥは他の子とは違うから」
とろけるようなニッコリとした笑顔に、胸の奥にある何かを鷲掴みにされた気がした。
ほ、本当かな? 気を使って言ってるだけって事は、ないよな。
ど、どうしよう。仲良しアピールのためって聞いた時は残念だったけど、考えてみれば理由はどうあれ、トワと踊れることに変わり無いじゃないか。
そんな美味しいシチュエーションを、みすみす逃して良いのか? いや、良いはずがない!
「ルゥ、顔が真っ赤だけど、大丈夫?」
「へ、平気。それよりダンスだけど、良いよ踊っても」
「えっ?」
「けど勘違いするなよ。アタシは別に、広告塔になるために踊るわけじゃなくて、相手がトワだから、踊るんだからな!」
「本当かい。ありがとうルゥ。でも、大丈夫? もしも無理をしているのなら──痛っ!」
トワ?
頭痛でもするのか、急に頭を手で押さえだした。
「……使命をはたせ」
「ん、どうした?」
「いや、何でもない。ありがとう、俺もルゥと踊るの、楽しみだよ」
顔をほころばせながら、なんと嬉しそうにハグしてきた。
うわ、トワってば大胆! 鼻をくすぐる、マアロの花の香りが心地いいー!
「けど本当に良いのか? 舞踏会のためだけに、ドレスなんて貰っちゃって。それにアタシ、ダンスも踊ったこと無いんだけど」
「大丈夫、俺がリードするから。それにドレスは必要になる機会なんていくらでもあるし。持っておいて損はないよ」
そうかなあ。どう考えても舞踏会が終わった後は、タンスの肥やしになるだけだと思うけど。
でもせっかくだし、ありがたく甘えよう。
「舞踏会は来月なんだよな。だったらそれまで、ダンスの練習もしておくよ。でもその前に、まずはアジトを見つけないとだな」
「ん? 何を見つけるって?」
「あ、いや、何でもない。それより、ガーディアンの集まりがあるんだろ。早く行った方がいいんじゃないか」
「そうだった。それじゃあ、また今度ね」
トワは手を振りながら、廊下の向こうへと消えて行く。
ふう、上手く誤魔化せた。実はこっそり呪薬密売人のアジトを探してるなんて知られたら、何て言われるか。
それにしても、アタシがドレスを着て舞踏会に出るなんて。似合わない気もするけど、内心ちょっぴりワクワクしていた。
だってさあ、子供の頃読んでもらった絵本では、舞踏会で王子様とお姫様が出会うシーンがあって、密かに憧れてたんだよな。
もちろん今は、自分がそんなガラじゃないって分かってるけど、昔憧れたシチュエーションなんだ。しかもダンスの相手がトワなんだ。嬉しくないはずがないって。
「うー、ヤバい。俄然楽しみになってきたー!」
頭の耳がピクピク動いて、尻尾がパタパタ揺れる。
よーし、待ってろよ舞踏会。そのためにも、さっさとアジトを突き止めよう!
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