第8話 狼少女と呪いの薬

 剣術部で起きた騒動の後、アタシはガーディアン本部に連行された。

 そして。


「なるほど。ルゥはその男子生徒を助けようとして、剣術部の先輩に戦いを挑んで、さらに騒ぎを大きくしたと言うわけだね」


 報告を受けたトワは椅子に腰掛けながら、ため息をつく。


 その様子は怒っているようにも、呆れているようにも見えて、怖い。

 モシアン先輩の剣でぶっ叩かれた時より、ずっと怖いよ。

 やっぱり、上級生相手に決闘とか、まずかったかなー?


 するとハイネは、ふうっとため息をついた。


「男子生徒を助けようとしたことは立派だ。止めに入ってなかったら、どうなってたか分からないからね」

「う、うん」

「けど、だからと言ってその後の行動は誉められたものじゃない。そのせいでほら……」


 トワは立ち上がって、アタシの腕を掴んだ。


「怪我してるじゃないか。大したことなかったとはいえ、怪我は怪我だ。それに、もしかしたらこの程度じゃすまなかったかもしれない。それは分かってるね?」

「う、うん」


 それはさっき、保健室でも言われた。

 幸いアタシもハイネも大したことはなく、簡単な治療ですんだけど、申し訳ない気持ちが込み上げてくる。


「は、反省してます……」


 耳と尻尾をだらんと下げて、シュンとする。

 トワに怒られてしまった。

 今のアタシはたぶん、叱られた子犬のみたいになっているのだろう。だけどトワは、そんなアタシの頭をそっと撫でた。


「ルゥがケンかに巻き込まれたって聞いて、どれだけ心配だったか。もうこんな、危ないことはしちゃダメだからね」

「うん……分かった、トワの言う通りにする」

「よろしい。ハイネの方も、無事で良かった」

「俺のことはいい。それよりも、気になるのはモシアン先輩の方だ。たぶん例の件に関わってる。ルゥ、さっきモシアン先輩の目の色が、赤くなったって言ったよな?」


 例の件?

 何を言っているのかは分からなかったけど、とりあえず素直に「ああ」と答える。


「最初は青い目をしてたと思うんだけど、途中から赤くなってた気がするんだよなあ」


 ブチ切れてた時のギラついた目が、今も頭にこびりついている。あれはいったい、何だったんだ?


 すると不意に部屋のドアが開いて、三人の生徒が入ってきた。

 二人は、さっき騒ぎに駆けつけてくれた先輩達。そしてもう一人は……げ、エミリィだ。

 アイツ苦手なんだよなあ。


 すると向こうも同じように、アタシを見て顔をしかめてる。

 けどアタシ達が何か言うよりも先に、先輩達が口を開いた。


「トワ君、思った通りモシアン君の鞄から、例の物が見つかったわ」

「本人の証言も取れています。呪薬を使ったと」

「そうか。校内だけでも、これで4件目。どうにかして対策を打たないとね」


 トワが重たい口調で言う。

 って、おい。今、呪薬って言ったか?


「ちょっと待て。呪薬って、あの呪薬か?」

「他にどの呪薬がありますの? それよりわたくし達はこれから、大事な話し合いがありますの。関係ない方は、出ていってくださいますか」


 冷ややかな目を向けてくるのはエミリィ。相変わらず嫌みな奴だ。

 だけどすかさず、ハイネが口を挟んだ。


「待て。コイツは呪薬を使った先輩を、間近で見ているんだ。どんな感じだったか、話を聞いておいた方がいい」

「まあ、そうですわね。ルゥさん、さっさと話してください」


 いや、話そうにも、話が読めねーんだけど。

 さっきから呪薬呪薬言ってるけど、これが物騒な代物なんだよな。


 呪薬って言うのはその名の通り、呪いを掛けるための薬で、呪われた葉っぱとでもて言えばいいかな。

 元々は魔族が魔王の命令で作ったとかで、その種類は様々。


 例えば、口にしたら身体中に黒い斑点ができて全身に燃えるような激痛が走る、病魔の呪薬。

 例えば、どんなに嫌な命令でも、術師の言うことに逆らえなくなってしまう、服従の呪薬。

 聞くだけでろくでもない代物だって分かる、恐ろしい薬。それが呪薬だ。


 そしてこれは、人間にも魔族にも効くから質が悪い。

 魔王が討伐された後はその危険性から、使用や生産が禁止されたのだけど、使い方によってはいくらでも悪用できる呪薬。秘密裏に作って、売りさばいている奴もいるらしい。

 問題なのはその呪薬が、どうして学校にあるかだ。


「まずは何がどうなってるのか説明してくれよ。でないと、何を話せばいいかわかんねーもん」

「仕方ありませんわねえ。……早い話、最近校内で、呪薬の密売が行われているのですわ」

「密売!?」

「声が大きいですわ! こんな学園の汚点になるようなこと、誰かに聞かれたらどうしますの!」


 わ、悪い。

 でもそう言うエミリィだって相当声でかい気がするけど、まあそれはいいや。


「わたしく達ガーディアンは今、その密売人を追っていますの。だから少しでも情報が欲しいのですわ。そういえば、今回は呪薬は回収できたのですわよね?」

「ええ、未使用の呪薬をこの通り」


 そう言って先輩の一人が、スカートのポケットから取り出したのは、赤茶色の葉っぱ。って、これって『ヒガーの葉』じゃん。

 水辺に生える植物で、紅茶の原料にもなる葉っぱだけど……。


「これ、『ヒガーの葉』だよな。けど……クンクン、なんか香りが違う」

「さすが狼、鼻が利きますわね。仰る通りこれはヒガーの葉ですけど、呪いを込めて育てることで、呪薬となるのですわ」

「呪薬ってそうやって育てるのか? 匂いまで変わっちまうんだな。元は良い香りの葉なのに、これはツンとしてて変な感じだ」


 ヒガーの葉を使ったヒガーティーはアタシも好きなのに、勿体ないことをしやがる。


「それで、アタシはいったい何を話せば良いんだ?」

「分かってませんわねえ。モシアン先輩は呪薬を使ったのですわよ。だとしたら、何らかの影響が出たはずです。何か気づいたことはないかって聞いていますの」

「って言われてもなあ。目が赤くなったのはもう話したし……まてよ、そういえば目の色が変わった後は、やけに力が強くなってたような」


 あの時はブチキレたからだって思ってたけど、確か呪薬で使用者の力や運動能力が上がる、ドーピング効果のやつがあるって、どこかで聞いたことがある。


「たぶんそれが、呪薬の影響だろうね。使用者の身体能力を上げる、強化の呪薬だ。あれは使うと目が赤くなるから、間違いないだろう」

「ああ。それに力を得る代わりに精神が不安定になって、狂暴になるケースが多い。下級生に暴力を振るってたのもそれが原因かもな」


 頷きあうトワとハイネ。二人とも、ずいぶん詳しいじゃないか。

 けど待てよ。モシアン先輩が、売人から呪薬を買ったのだとしたら。


「じゃあモシアン先輩に吐かせれば、売った犯人を突き止められるんだな」


 ならもう、事件は解決したも同然。

 だけどエミリィが、呆れたように言う。


「あなた、本当に考えが浅はかですのね。それができれば、とっくにやってましてよ」

「何だよ、何か問題でもあるのか?」


 すると今度は、トワが教えてくれる。


「実はね、今までにも何人か呪薬を買った生徒は捕まえているんだけど、誰からどこで買ったのかみんな覚えていないんだよ」

「覚えてない? そんなはずないだろ。惚けてるだけじゃないの?」

「俺達も最初はそう思ったよ。だけど様子を見ていると、嘘を言っているようには思えない。たぶん、記憶を消されているんだと思う。呪薬を使ってね」

「呪薬で記憶を? そんなことできるのか?」

「ワスレナ草って花を使った呪薬があってね。それには記憶の一部を消す効果があるんだよ。たぶん足がつかないよう取引の際、その呪薬を使って記憶を消されたんだろうね」


 なるほど。忘れさせてしまえば、捕まっても売り主のことはバレずにすむってわけか。

 相手は呪薬の販売員だもんな。その記憶を消す呪薬を持っていたとしても、不思議はないな。


「おそらく、大がかりな組織が絡んでると思う。売るだけでなく、栽培もしている可能性が高い。学園内だけでなく、街のあちこちから報告が上がってきていることからも、たぶんこの街のどこかにそいつらのアジトがあるはずだ」

「校内でこれほど出回っているとなると、内部に売り子がいる可能性も高い。これは大忙しになるぞ」


 トワ、そしてハイネが難しそうな顔をする。

 それは確かに大変そうだ。


「まずは情報を集めないとね。エミリィ嬢には引き続き、情報収集を頼むよ」

「お任せください。必ずやお役に立ててみせますわ」

「ありがとう、期待しているよ」


 スカートの両横の裾をつまんで、上品にお辞儀をするエミリィに対し、トワは笑顔でお礼を言う。


 むう、エミリィのやつ、今日はやけに礼儀正しいじゃねーか。もしかして、トワの前だから?

 前から思ってたけど、まさかエミリィってトワ狙い?


 だとしたら、こっちだって負けてられない。アタシだって、トワの役にたってやるんだから。


「はいはーい! それじゃあアタシも、調べるの手伝う!」

「ルゥさん、話を聞いていました? 情報収集は私の仕事。アナタの出る幕はございません。だいたいアナタ、友達の一人もいないでしょう。それなのにどうやって、情報を集めるつもりですの?」


 うっ、痛い所を突かれる。

 確かに、そういえば何も考えていなかった。


「そういうことですから、部外者は出ていってくださいな。そもそも、ガーディアンでもないアナタがいつまでもここにいることの方がおかしいのですわ」

「いや、でも」

「出ていってください。トワ先輩やハイネさんも、それで良いですわよね?」


 二人に視線を移すエミリィ。

 トワー、ハイネー、何とか言ってやってよー。

 だけど、返ってきた答えは。


「それもそうだね。ルゥ、色々教えてくれてありがとう」

「後は俺達ガーディアンに任せて、今聞いたことは忘れろ」


 そんな!


 だけどこの決定を覆すことはできずに、部屋の外へと閉め出されてしまった。

 なんだよ。アタシだって少しは、役に立つっての!


 仕方なく宿舎に戻ろうと、トボトボとした足取りで校舎の中を歩き出したけど、思い出されるのはさっきの特別室での会話。


 エミリィってば、何か良い情報を見つけたら、やっぱりトワに誉めてもらえるのかな? 

 もしかしたらご褒美に、ヨシヨシって頭ナデナデしてもらえる?

 ああーっ、アタシもトワに頭ナデナデしてもらいたいー!


 ちくしょう。こうなったらエミリィよりも先に、売り子を見つけるか? 

 けど当てなんてないし、売り子がこの学校の誰かだとしたら、エミリィの方が探しやすいだろう……いや、待てよ。


「あ、いいこと思い付いた!」


 そうだ。この方法ならきっと、トワの役に立てるはず。


 待ってろよトワー。この事件は、アタシが解決してやるからなー。

 そして必ず、頭を撫でてもらうんだ!


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