第6話 狼少女と剣術部の騒動

 午後の授業が終わって、放課後。

 昼休みにはハイネと一悶着あったけど、それをいつまでも引きずるほど、アタシは狭量じゃない。

 放課後にはもう、すっかり気持ちを切り替えていた。


 教科書等の入ったバッグを手に、教室を出る。

 他の生徒は中の良いメンバーで集まって、どこかに遊びに行くかなんて言っているけど、生憎アタシはつるむ相手なんていない。

 本当ならトワに会いに行きたいところだけど、ガーディアンの仕事があるのに行ったら迷惑だろうしなあ。


 そんなことを考えながら校舎を出て、正門に向かって歩いていると、ふとどこからか、騒がしい声が聞こえてきた。


「おい、あれヤバくないか?」

「どうする。ガーディアンに連絡するか?」


 なに、ガーディアン?


 頭の上の狼の耳が、ピクピク反応する。

 見ると道の横にある広場で、何やら生徒が集まっていた。

 確か向こうは、倶楽部活動をする所だったはず。


 だけど気になって近づいて、目を丸くした。

 そこにはボロボロになって倒れている男子生徒の姿が。

 そしてもう一人。剣を手にした別の男子生徒が、それを見下ろすように立っていた。


「どうした、立てよ。そんなんで強くなれると思ってるのか?」

「か、勘弁してくださ……ガッ!?」


 倒れていた男子生徒の腹を、躊躇なく蹴飛ばした

 おい、何やってんだ。そいつ、怪我してるじゃねーか。


 だけど周りにいた他の生徒は遠巻きでそれを見るばかりで、助けようとしない。

 何だかヤバい気がして、集まっていた男子に声をかけた。


「なあアンタ」

「何……って、人狼!?」

「あー、もう、今はそういうのいいから! それよりこれ、何が起きてんだ?」

「えーと、彼ら剣の稽古をしてたみたいなんだけど、ちょっと熱が入りすぎたみたいで……」

「ええい、もうちょっと分かりやすく言え!」


 噛みつかんばかりの勢いで聞くと、そいつはビビりながら、説明してくれる。

 なんでもここは剣術部の敷地だそうで、部員はいつも、剣の稽古や試合をしているらしい。

 だけど今日の試合中、部員の一人が相手をボコボコにして、その上倒れた後も蹴ったり、模造剣を振り下ろしたりしているのだとか。

 って、それはもう試合じゃなくて、ただの暴力だろうが!


「なんで誰も止めねーんだよ。あの倒れてる奴、このままじゃヤベーだろ」

「だから今、ガーディアンに連絡を……」

「そんなの待ってられるか。もういい、アタシが行く」

「ちょっ、ちょっと君!」


 説明してくれた男子が慌てたけど、アタシは暴力を振るっている奴の元へと近づいて行く。


「おいアンタ、その辺でやめとけよ。そいつ怪我してるだろ」

「なんだお前、人狼か? そう言えばどこかのクラスに、転校してきたって聞いたな。けど邪魔すんじゃねえ。稽古の邪魔だ引っ込んでろ」


 そう言ってそいつは青い目を細めながら、模造剣で倒れている男子をつつく。


「モ、モシアン先輩、もう勘弁してください」

「ああっ? 誰のために稽古してやってると思ってるんだ。俺みたいに強くなりたいんじゃないのか!」

「げほっ!」


 さらに蹴りをもう一発。蹴られた生徒は、声にならない声を上げて、悶絶している。

 なんだよコイツは。頭おかしいんじゃねーの?

 

 モシアンと呼ばれたコイツ、見たところ上級生みたいだけど、こんなのただのイジメじゃねーか。


「止めろって。こんなもののどこが稽古だよ!」

「うるさい、関係無いやつはすっこんでろ。弱い奴は剣術部の恥。だから鍛えてやってるんだ」

「へえ、まるで自分が強いみたいな言い方だな。ダセえ」

「はぁ?」


 倒れてる生徒を足でグリグリとこねくり回していたけど、気に触ったのかこっちに向き直る。


「お前、もういっぺん言ってみろ!」

「だから、やることがダセーんだよ! 一方的にいたぶって、それで自分が強いとか勘違いして、バカじゃねーの。だいたいアンタと比べたら、アタシの方が全然強えーからな」


 これは決してハッタリじゃない。

 魔族は人間よりも筋力や瞬発力に長けている種族が多く、人狼のアタシもそう。

 それに故郷の森にいた頃は、護身術だって習ってたんだ。こんな奴より弱いだなんて思わない。


 すると、モシアン先輩はぴきぴきと頭に青筋を立る。


「魔族の分際で、生意気言ってんじゃねーよ! だいたいお前、女だろーが!」

「うるせー! 女だからってなめるな! いいからとっとと、ソイツを解放してやれ。どうしても稽古がしたいっていうなら、アタシが相手になってやるよ!」

「良いだろう。身のほど知らずの狼に、躾をしてやるか」


 モシアン先輩は「邪魔だどけ」と倒れていた男子を蹴っ飛ばし、彼は怯えた表情でその場を離れる。

 周囲からは「マジかよ」、「先生やガーディアンはまだか?」って声が聞こえてきたけど、そんなの待っていられない。

 このいかれた先輩は、アタシが懲らしめてやる。

 スカートじゃちょっと動きにくいけど、まあ何とかなるだろう。


 地面を見ると、ボコボコにされていた男子生徒のものと思われる模造剣が落ちていて、アタシはそれを手に取った。


「ちょっとコイツ借りるよ。さあ、いつでもいいぞ」

「ふん、あれだけ大口叩いたんだ。女だからって容赦はしないからな。覚悟しろ!」


 言うや否や、モシアン先輩は手にしていた剣を大きく振り上げ、アタシの頭上へと振り下ろす。


 おいおい、始まりの合図もなしか?

 借りた剣で慌てて防ぐと、ガツンと言う音と共に腕に重たい衝撃が走った。


「──痛っ!」

「ははっ、どうしたどうした! 偉そうなこと言って、構えが全然なってないぞ」


 モシアン先輩は笑いながら、何度もガンガンと剣が振り下ろす。

 こんなの、やっぱり稽古じゃない。いたぶって楽しむだけの、ただの暴力だ。 


 攻撃は剣で防いではいるものの、こう何度も打ち付けられては腕が痺れてくる。

 いくら人間と人狼でも、力じゃ向こうの方が上か。さすがに、このままじゃヤバいな。


「なんだ。全然大したことないじゃないか!」


 痛ぶるのが楽しんでいるのか、モシアン先輩は大口を開けて笑っているけど、それも今のうちだ。

 先輩の剣が振り上げられた瞬間、アタシはスカートを翻して、大きく後ろへ跳んだ。


「なっ⁉」


 獲物に逃げられた先輩の剣が、むなしく空を切る。

 ははっ、驚いてる驚いてる。

 人狼の跳躍力は、人間のそれよりずっと優れているんだ。一蹴りで大きく跳んだアタシを見て、周りからは「おおーっ」と歓声が上がった。


 だけど、モシアン先輩だってそう易々と見逃してはくれない。直ぐ様距離を詰めてくる。


「逃げてんじゃねーよ!」


 剣を手に、こっちに駆けてくるモシアン先輩。

 けど、いつまでも防戦一方だと思うな!


 握っている剣に力を込める。

 狙うのは、先輩の頭。向こうの方が身長が高いから、本来ならアタシが狙うには不向きな場所。だけどその分、向こうの警戒心も薄いはずだ。


 先輩が、剣を振りかざしながら迫る……よし、今だ!

 アタシは先輩の顔面めがけて、手にしていた剣を────投げた。


「おりぁぁぁぁっ!」

「は? ……ぐえっ!?」



 真っ直ぐに飛んでいった剣は、そのままモシアン先輩の顔を直撃した。


 おっしゃ命中!

 刃の無い模造剣だったから突き刺さることはなかったけど、先輩は潰されたカエルみたいな声を出して、大きくのけぞった。


「おい、剣を投げやがった」

「そんなのありかよ!」


 集まっていたギャラリーがガヤガヤ騒いだけど、剣を投げちゃいけませんなんてルールは知らねえなあ。

 そして、まだ終わりじゃない。


 剣を手放して、今のアタシは丸腰。

 だけど、そんなのは何のハンデにもならない。本当は素手での戦いの方が得意なんだ!


 さっき下がった時と同じように今度は前へと跳び、モシアン先輩の懐に潜り込む。

 これで終わりだ。固く握った拳の一撃が、モシアン先輩の腹にめり込んだ。


「はっ!」

「がっ!?」


 確かな手応え。先輩は目をひんむいて、ガクリと膝をつく。


 勝負あり。

 途端に、集まっていた生徒達から声が上がった。


「おいおい、本当に勝っちまった」

「マジかよ。人狼って強えーんだな」

「スゲーぞ人狼ー!」


 浴びせられる歓声と、称賛の拍手。それは学園に来てから浴びてきた恐れや好奇の目じゃなくて、好意的なもの。

 なんかこういうの、こそばゆいな。


「いいぞ人狼ー!」

「あ、ありがとー」


 戸惑いながらも、手を振って答える。

 なんだよ。さっきまでアタシのことを人狼だって言って驚いてたやつまで、拍手してるじゃねーか。ガラの悪い先輩一人やっつけただけで、ずいぶんと態度が変わるもんだ。

 でもまあ、誉められて悪い気はしないや。

 

 自然と顔がほころんで、笑みがこぼれる。

 だけど、油断していたアタシは気づいていなかった。

 すぐ背後に、悪意を持った敵が忍び寄っていることに。

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