第5話 狼少女とハイネの秘密
ラピス学園に転校してきて、今日で3日目。
相変わらずクラスでは浮いていて、誰かに声をかけることも、かけられることもない一匹狼の学校生活を送っている。
まあそれはいいよ。別に無理してつるまなくてもさ。
だけどそんなアタシも、一つだけ不満がある。それは、思ったほどトワに会えないってことだ。
一応、毎日会っちゃいるんだよ。
調子はどうって様子を見に来てくれるし、色々と気にかけてもらってはいる。
けどそれでも、クラスどころか学年も違うのだから、会えない時間の方が多い。
それじゃあ学校が終わった後はどうかと言うと、暇なアタシとは違って、トワにはガーディアンの活動があった。
何でも校内だけでなく、生徒が立ち寄りそうな町の見回りもしなきゃいけないみたいで、毎日忙しそう。
結局初日も、あの後他のガーディアンのメンバーって人達が来てからは、部外者のアタシは追い出されたし。
エミリィの奴がニヤニヤ笑いながら、「わたくし達はこれから大事な話し合いがありますの。関係のない人は出ていってくださいな」って言いやがったっけ。
くそー、今思い出してもムカムカするー!
あーあ。ラピス学園に来たら、毎日トワと遊べるって思ってたのになー。
数ヶ月に一度しか会えなかった頃と比べたら、全然会えているんだけどさ。
本で読んだような、学校が終わった後で一緒にどこか遊びに行くなんてワクワク展開を想像していた身としては、物足りなさを感じるわけ。
そんな事を考えながら、昼食のおにぎりにかぶりつく。
すると。
「なあ、前から気になってたんだけどさ、そのライスの塊は何なんだ?」
おにぎりを頬ぼるアタシに、尋ねてきたのはハイネ。
ここは転校初日に見つけた、校舎の裏庭。
初日以来、昼休みはここで昼食を取るようになっていた。
草木の匂いを嗅いでいると、落ち着くんだよな。
そして元々ここを縄張りにしていたハイネも、それまで通りここに来ていた。
けど、向こうから声をかけてくるなんて珍しいな。
「これはおにぎりって言うんだ。ライスを三角に握って中に具在を入れる東の国の料理なんだ。本で読んで作ってみたんだけど、知らないか?」
持ってきていた2個目のおにぎりを、パカッと割って見せる。
ちなみに今日の中身はハンバーグ。肉汁が染みてて旨いんだよな。
「食べたことないなら、食ってみるか?」
「なら貰う」
ハイネはおにぎりを受け取り、代わりにアタシは、ハイネのパンを頂いた。
こんな風に昼飯を交換し合うのは初めてだ。
アタシ達は、同じ場所で飯を食ってはいるけど、基本はお互い不干渉。会話だって、そこまで多いわけじゃない。
だけどせっかくだ。アタシも気になっていたことを聞いてみる。
「なーハイネ。ガーディアンではトワ、どんな感じなんだー?」
「別に普通だよ。いつも通り校内や町の見回りをしたり、レポート作ったり、今起きてる事件への対策を考えたり」
「アタシはその、ガーディアンの普通を知らないんだよ。つーか、起きてる事件って何だ?」
「まあ、色々。ガーディアンは学校だけじゃなく、警備隊と連携して町の治安も守ってるからな。事件なんて探せばいくらでも出てくるんだ」
「へー、ガーディアンってそんな事までするのか」
ただの学生の自警団だと思ってたけど、本物の警備隊と連携までしてるのか。
「けどそのガーディアンのトップだなんて、やっぱりトワって凄いのか?」
「まあな。にしてもお前、本当にトワ先輩のこと好きなんだな。当然か、先輩に会うために転校までしてきたんだもんな」
「まあ……って、あれ? アタシ、トワに会うために転校してきたって言ったっけ?」
多分言ってない。会いたい奴がいるとは言ったけど、それがトワだとは言ってなかったはずだけどなあ。
だけどハイネは、呆れたように言う。
「そりゃああれだけ懐いてるのを見りゃ、誰だって分かるって。そもそも、隠してるつもりだったのか?」
いや、別に隠してたわけじゃないけど。でもそうまでバレバレだとは思っていなかったから、ちょっと恥ずかしい。
「そう言えば先輩、お前のこと気にしてたぞ。クラスでは上手くやっているかとか、友達はできたかとか聞かれたから、浮いてていつも一人でいるって答えておいた」
「おい! そこは嘘でも、上手くやってるって答えるべきだろ!」
トワがアタシのことを気にかけてくれてたのは嬉しいけど、お前はもうちょっと気をきかせろっての。
「だいたい、そういうお前だってクラスでは一匹狼じゃねーか。女子から話し掛けられても、素っ気ない態度取ってるの知ってるぞ」
ハイネはモテるらしく、やたらと女子に話しかけられてる。同じクラスにいれば、嫌でもわかる。
だけどどれだけ「ハイネくんハイネくん」って言われても、本人はポーカーフェイスを崩さない。
女子にしてみればそんな無愛想な所ですら、クールで格好良いらしいけど、そんなやつに浮いてるとかぼっちとか言われたくはない。
「アタシが言うのもなんだけどさ、もうちょっと愛想よくしたらいいのに。みんなお前と、仲良くなりたがってるだろ」
「どうだかな。マスカル家の肩書きに興味を持ってるだけって奴も、結構いるだろうし」
ニコリともしないで答える。
貴族だから、お近づきになろうとしてる奴もいるってことか?
だとしたら、あんまり嬉しくねーかもな。
「つーかハイネの家。マスカル家って有名なのか?」
「まあ、たぶんそれなりには。トワ先輩のパルメノン家と同じで、俺の祖父が太陽の騎士だからな」
「なるほど、太陽の騎士……って、ちょっと待て! 太陽の騎士って、あの太陽の騎士!?」
トワによく絵本を読んでもらった、あの?
悪政をしいていた魔王をやっつけて、人間と魔族の架け橋を作った、太陽の騎士か!?
「ハイネの爺ちゃんが、太陽の騎士!? って、待て。今トワの家も同じって言ったか? じゃあトワも、太陽の騎士の末裔なのか!?」
「知らなかったのか?」
「初耳だよ! 太陽の騎士の絵本はトワに何度も読んでもらったのに、そんなの聞いてないぞ!」
お伽噺の中の話ではなく、現実に存在していた太陽の騎士団。
だからその団員や、子供や孫がいてもおかしくないってのはわかるけど、それが目の前にいるとなると不思議な感じがする。
「つーかトワ先輩の曽祖父さんは、お前も知ってるだろ。うちの学校の理事をやってる、ハバス・パルメノン卿。あの人が大戦で活躍した、太陽の騎士だ」
「知ってる。元々アタシをラピス学園に来ないかって誘ったの、その人だもん。えっ、あの人が太陽の騎士だったの!?」
パルメノン卿とは何度か会ってるけど、全然知らなかった。
お伽噺のヒーローじゃん! ヤバい、なんだか興奮してきた!
「トワってば、そんな大事なことなんで黙ってたかなー!」
「落ち着け。たぶんだけど先輩、アンタには太陽の騎士の末裔って目で見られたくなかったんじゃないのか?」
「どう言うことだよ?」
「さっき言っただろ。家の肩書き目当てに、よってくる奴がいるって。けどそれって、太陽の騎士の末裔っていう虚像しか見ていない気がして、あんまり好きじゃないんだよな」
虚しげに、ため息をつく。
アタシは今一つピンと来ないけど、そんなものかね。
「例えばお前だって、魔族は昔人間と敵対してたから怖いなんて言われたら、嫌だろ」
「当たり前だろ。魔族と人間が敵対してたのなんて、何十年も前の話じゃねーか」
「それと同じ。俺の場合、悪く言われてるわけじゃないけど、俺は英雄でもなければお伽噺のキャラクターでもないんだ。何十年も前の騎士団と重ねられても、困るんだよ」
ハイネの言いたいことを全部理解できたわけじゃないけど、何となくはわかった。
きっとアタシとは別の種類の苦労を、今までしてきたんだろうなあ。
さっきは太陽の騎士の末裔って聞いて、ついはしゃいじゃったけど、コイツ自身が太陽の騎士ってわけじゃない。ハイネはハイネだ。
だけど、そんな彼の独白はまだ続く。
「なのにまるで見せ物みたいに寄ってきて、休み時間も放課後も付きまとわれて、私物を盗むやつまでいて。嫌になるよ」
「げ、そんな奴もいるのか? それは確かに、怒ってもいいな。けどそれって、本当に太陽の騎士の末裔ってだけが理由か?」
ハイネの顔を、まじまじと見つめる。
トワほどじゃねーけど、コイツ顔は良いからなあ。太陽の騎士の孫とか関係無しに、ファンくらいいておかしくないんじゃないか。
つーかもしかして、コイツが女子に対して素っ気ないのって……。
「ひょっとしてそういうことがあるから、女子に対してはいつもぶっきらぼうなのか?」
「悪いかよ。……女子は苦手なんだ」
照れたように頬を赤く染めて、顔を隠すようにうつ向く。
意外だ。放っておいても女子は群がってくるのに、当の本人が女子苦手だなんて。
「この事は誰にも言うんじゃ……って、何笑ってんだよ」
「ぷぷっ、べ、別に。笑ってなんかいないって」
「嘘つけ、尻尾振ってるじゃねーか! ああっ、言うんじゃ無かった!」
ハイネはふてくされちまったけど、別にバカにしてるわけじゃないからな。
ただいつもすました顔してるのに、可愛い弱点があるんだなって思うとつい。
「けど女子が苦手な割には、アタシとは普通に喋ってるよな?」
「ん。そう言えば……」
どうやら本人も、気づいていなかった様子。
すると何を思ったのか、ハイネはアタシと目を合わせて、まじまじと見つめてくる。
それはもう、穴が空くくらいまじまじと。
「な、なんだよ。あんまり見られてると、恥ずかしいんだけど」
変に緊張してきて、頭の上の耳がピンと逆立つ。
ハイネが何を考えているのかは分からないけど、こんな風に目を合わせられるとさすがにドキドキしてくる。
しかも相手は、女子が放っておかない眉目秀麗な男。
そりゃあアタシはトワ一筋だけど、それでも全く何も感じないわけじゃなく。心臓の音が、いつもより大きくなっていく。
だけどしばらくそうしていると、ハイネは納得したように頷いた。
「……やっぱりだ。お前はあまり、女子って感じがしない。なるほど、だから平気だったのか」
「は? な、なんだとー!」
コ イ ツ 、 ユ ル サ ン !
それじゃあ何か。今まで心の奥では無意識のうちに、コイツは女子じゃねーって思ってたってことかコンチクショー!
そりゃあ別に女子として見られたいってわけじゃねーし、自分の事を女っぽいとも思ってねーけど、それはさすがにないんじゃないか!
するとさすがに悪いと思ったのか、それとも危機を察したのか、ハイネが謝ってくる。
「ごめん、悪かったって。けど別に、バカにしたわけじゃないぞ。女子っぽくないから、話しやすいと言うか……」
「あっそ!」
もはや何を言ってもフォローにはならずに、アタシは弁当を片付けてスタスタと歩いて行く。
まったく、失礼な奴だ。
もう二度と一緒に、昼飯なんて食うか!
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