星紡ぎのティッカ-6
ティッカが星の塔へ戻って来たのは、翌朝のことである。といっても、記憶は酷く曖昧だった。森を歩いている途中から意識があやふやで、どうやって戻ってきたかほとんど覚えていないのである。気が付けば、自分の部屋でベッドに横たわっていた。塔の入り口で倒れているのをレドが見つけてくれたらしい。彼曰く、恐らく試練を終えて緊張の糸が切れたのだろう、という。早速持ち帰った守護の石を師に見せると、よく頑張った、と褒めてくれた。ステラやあの奇妙な光景のことは何も話さなかったが、レドはティッカの様子から何かしらを読み取ったようだった。もしかしたら、彼はあの出来事をある程度予見してティッカを森に行かせたのかもしれない。
その日、ティッカは一日をベッドの中で過ごした。特別体調に変わりは無かったが、師に大事をとった方が良いと言われたのだ。どこから聞きつけたのやら、村人からの見舞いの品もたくさん届いていた。彼らも随分ティッカを心配していたのだと、今になって思い知る。
そして、次の日の夜。
「じゃあ、ティッカ。私は後ろにいるから」
「はい」
ノクスの森へ向かった時とはまた別の緊張感が、ティッカを支配していた。あまりに固くなって、声さえ震える始末である。そんなティッカに、師は苦笑した。
「大丈夫だよ。守護の石も見つけたんだ、きっと出来る」
力強く、レドは頷いた。そんな師の言葉に背中を押され、ティッカは己の背後に目を向けた。そこにあるのは塔の鐘楼の、星の光が一番よく入る位置。レドがいつも星の糸を紡ぐ場所だ。今日は、ティッカがそこに座る。守護の石は手に入れて終わりではない。より結び付きを強くするため、自分の力で星の光を紡ぎお守りにしなければならないのだ。
定位置に座って、足を組む。幸いにして今夜は快晴、星々の加護を得るには絶好の日和だ。穏やかに差し込む光を浴びながら、ティッカは瞑目した。本音を言えば、少し怖い。二年間、ティッカはひとつも力を発揮することが出来なかった。いくら守護の石を見つけたとはいえ、星々に拒絶されてしまったら。その時こそ、ティッカは本当に星紡ぎではなくなってしまうだろう。じわじわと這い寄る不安を追い払うように、ティッカは大きく息を吐いた。一瞬だけ、傍に置いていた守護の石に触れる。大丈夫だ。もう目を背けたりはしない。カペラとの約束を守ると決めたのだから。
そう己を奮い立たせ、ティッカは緩やかに瞼を開いた。希うように、両の手のひらを天へ差し出す。どうか星の加護を、とひたすらに祈りを捧げた。そんなティッカの白い手に、淡く儚い金の光が落ちる。しばらく意識を集中させていると、ほのかな暖かさがそこに生まれた。その温もりを絡め取るように手を回すと、細い金の筋がティッカの指に巻き付いていく。
――出来た。
安堵で力を抜いた拍子に光を逃しそうになり、ティッカは慌てて星の糸を胸元に手繰り寄せた。指の間に糸を通し、隙間をくぐらせて、引っ張って、何度も同じ動きを繰り返す。守護の石のお守りは、首から下げられる形にするつもりだった。旦那さんは無理だったけれど、これならいつでも一緒にいられるだろう。細い糸をより合わせ、細い鎖のような形が少しずつ出来上がっていく。無事に完成したら、村の人にも見てもらおう。カペラが帰ってきたんだよ、と言ったら、彼等はどんな顔をするだろうか。
どこにも光が見えないと、ずっと暗闇の中で嘆いていた子供はもういない。ティッカは、自分を導いてくれる星を見つけたのだ。ようやく星紡ぎの力も取り戻した。これからは、自分に出来ることをもっと増やしていこうと思う。しっかり修行して、たくさん勉強もして、ティッカを支えてくれた人々の力になれるように。立派に星紡ぎの役目を果たしたと、誇れるように。再び立ち止まることがあったとしても、カペラの魂は共にある。長いこと道草を食ってしまったが、きっと大丈夫だ。今なら、ティッカにもそう思える。
ひたすら作業に没頭する傍らで、当たり前じゃないの、と、カペラが微笑んでいた気がした――。
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