第4話 商い、そして出会い

天文二十四年(一五五五年)二月 若狭国 小浜の湊


 今日は伝左を供に小浜の湊へと足を運んだ。あれから色々と考えたのだが、結論として銭が必要だと判断したのだ。米を買うにも兵を雇うにも銭が要る。もう戦国の世は銭の世と言っても過言ではない。


 成る程、津島と熱田を抑えていた織田信長が強い訳だ。濃尾平野の肥沃な大地と津島と熱田の豊富な銭。今川もそれが欲しかったに違いない。


 それであれば若狭には小浜の湊がある。小浜は京から近い湊だ。今、俺が来ている小浜の湊では商いが盛んに行われており、人の往来が激しい。後瀬山の城下よりも栄えているのではなかろうか。いや、小浜が後瀬山城の城下町であると言っても過言ではない。


 しかし、残念ながら俺達が抑えているのは小浜の湊のみである。敦賀の湊は越前の朝倉が抑えている。若狭から目と鼻の先だというのに。これがどうも奴等から剥がすことが出来んのだ。


 なので、小浜一本勝負で頑張るしかないのだ。俺はここで銭の目途を付ける。若狭には肥沃な大地は無いが銭の種は転がっている筈なのだ。


 そして我が武田は家臣に切米、つまり俸禄を払えていなかったのだ。銭も米も無いのだ。それは士気が上がらない筈である。財政も悪く、兵も弱い。致命的だな。


「これはこれは武田の孫犬丸様ではございませぬか」


 湊を散策していると飄々とした男が俺の前に立ちはだかった。どうやら向こうは俺を知っているようだ。しかし、俺は彼を知らない。

 誰か――。そう尋ねる前に伝左がその者に挨拶をする。どうやら向こうも有名人のようだ。


「おお、組屋の源四郎殿ではござらぬか」


 伝左曰く、組屋とは小浜の廻船問屋を営んでいる商人である。この源四郎という男はその筆頭株なのだとか。

 それならば都合が良い。根掘り葉掘り知りたいことを尋ねる。源四郎が知らないのであれば小浜の他の者でも分からんだろう。


「源四郎殿にお尋ねしたい。高値で取引されるのは何か?」

「これは変わったことをお尋ねなさる。そうですな、定番はやはり俵物でしょう。それに昆布や椎茸など良い出汁が取れるものは京にて高値で取引されますなぁ」


 京と言うよりも比叡山だろう。生臭な坊主達が舌鼓を打っているに違いない。昆布は北国でしか取れないが、椎茸であれば栽培は可能かもしれない。これは試してみる価値がありそうだ。


「他には?」

「金に銀、それから最近ですと種子島は高値で取引されておりますなぁ」


 種子島も流通が始まっているが、まだまだ破格の値段だ。種子島は造ることもできなければ買うこともできない。本来ならば二挺ほど仕入れてお抱えの鍛冶師達に量産させたいのだが、まだまだ夢のまた夢。


 じゃあ、どうやってお金を稼ごうか。やはり椎茸を栽培するしかないのか。そこで俺はふと閃いた。

 これは仕事なのだ。需要と供給で価格が決まることを考えれば、需要のある所に米を持っていけば良いだけのこと。


 どこに需要があるのか。それが分かれば苦労しないが、俺には分かる。今は一五五五年だ。つまり、中国地方で厳島の戦いが起きる年ということである。それだけ分かれば十分というものだ。


 なぜ今が一五五五年と分かったか。それは去年、武田と今川、そして北条の三国が同盟を結んだからである。俗に言う三国同盟である。そこから年数を判別したのだ。


「源四郎殿、つかぬことをお伺いするが戦の情報があれば儲けることは出来るか?」

「それはもう! 戦とは何かと入用でございますからなぁ。孫犬丸様はそれをご存じで?」

「信じるか信じないかは源四郎殿次第だがな。伝左、俺の小遣いを全て持ってきてくれ」

「ははっ」


 伝左が走る。その間に俺は源四郎に詳細を省きながら毛利家と陶家、大内家の連合がぶつかることを告げる。信じてもらえなくても良い。俺は俺の利益を出すだけである。


 戻ってきた伝左からお金を受け取る源四郎。その額に驚いていたのを俺は見逃さなかった。

 小さな国とはいえ、俺は跡取りだ。皆が甘やかしてくれるから使える銭も多い。まあ、そんなことを許していたから若狭武田は傾いたのだろうな。等と自虐の笑みを浮かべる。


「では確かに。必ず益を出しましょう。今後ともご贔屓に」

「よろしく頼む」


 これも一種の投資活動だ。まさか、この時代で、この年で投資をするとは思わなかった。ただ、投資が一番稼げるのだ。しかも労せずに。ここは大名の家に生まれて良かったと思う。

 

 この俺と源四郎とのやり取りを遠くから見ている者が居た。俺もその男に気が付く。

 十兵衛と同年もしくは少し下くらいだろうか。ただ、十兵衛とは違い顔色が良くない。身体も痩せ細っている。


 なんと言うか、不健康そうな男である。というのは俺の第一印象であった。その男が近づいてくる。

 不気味ではあるが、ある種の人を引き付ける何かを持っている男であった。


「失礼。武田の若様とお見受け致します」

「如何にも」

「私、武田家家臣の沼田上野之助祐光と申しまする。以後、お見知りおきをば」


 そう述べてからふふふと怪しく笑う上野之助。掴みどころのない男である。

 伝左が俺に耳打ちする。彼は武田家臣ではなく陪臣とのことだ。若狭武田の直臣である松宮清長の家臣なのだとか。


 我が武田家の権力構造は簡単だ。まず、我ら武田が居てその下に四老と呼ばれる粟屋、熊谷、内藤、武藤がいる。更にその下に大身分と呼ばれる逸見、山県、白井、松宮等が存在している。


 実はこの四老だが、意外にも定まっては居ない。熊谷の代わりに逸見が入っていたり、流動的なのだ。ただ、俺は父上が熊谷を重用しているように思える。


 そして沼田だが、下の更にその下の奉公衆に属しているらしいのだ。本来なら、俺に声を駆けるのも憚られる身分らしい。俺はそんなの気にしないが。


 その上野之助が目敏く、源四郎と何の話をしていたのか追及してくる。隠すことでもあるまい。俺は素直に打ち明けた。


「なに、銭の儲け話をな」

「若様であれば銭など湯水の如く使えましょう」

「何を言う。あれは領民の血と汗の結晶ぞ。俺が無駄に使って良い銭ではない。しかし、銭が無ければ何も出来ぬ故、源四郎と儲け話をしておったのよ」


 そう言うと沼田上野之助が目を丸くしていた。そしてその後に深く頷く。どうやら俺の考えに同意を示しているようだ。彼であれば味方になってくれるであろうか。


 それに、実は当家もそこまで銭がある訳ではない。借銭をしているかもしれないのだ。まあ、それは父上が解決しなければならない問題であり、俺には関係ない。その筈である。そう願いたい。


「そこでだ。此処で会ったも何かの縁。上野之助にも手伝ってもらいたいことがあるのだが、頼めるか。勿論、銭は弾むぞ」

「喜んでお手伝いしましょう」


 銭という言葉に反応した上野之助。その場に座り込むと平伏して承諾した。出会ったばかりの男に頼むのは少々、不用心ではあるが、これも何かの縁。というより、俺に他の選択肢が無いのだ。所持している札で勝負するしかないのである。


 そう、俺達の戦いはこれからである。


【補足】


小浜の港は京への流通の要所なので、収益もそれなりにあったでしょうね。

その重要性から足利義輝は妹を嫁に出したのかも。と妄想しております。


沼田祐光(上野之助)は元々は若狭国の人らしいですね。

流れ流れて津軽まで言ってしまったとか。

陰陽道・易学・天文学に通じてることから、勉強好きで知識欲の多い人物だったのでしょうね。

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