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ちびまるフォイ

健康のための不健康

この街に住んでもう半年になる。


電車もタクシーも乗り放題。

家賃もなければ、ガス代、水道代、電気代だってかからない。


健康でありつづければ。


「た、助けてくれぇ!! 私は健康だ! 健康なんだ!」


大通りでなにか叫び声がする。

人垣をかきわけて覗くと男が警察に囲まれている。


「本当だ! ほらこんなに元気……げほげほっ!」


「いいえ。あなたは健康ではないです。そのせきが証拠です。風邪ですね」


「ちがっ……これはちがう! ただむせただけだ!」


「あなたの体温も高いようです。健康ではないですね」


「本当に健康なんだ! お願いだ! この街から追い出さないでくれ!!」


「ルールです。不健康な人はこの街にいられません。それがこのヘルスモニターシティです」


さんざん暴れた男だったがヘルス監視局に取り押さえられて街から追放された。


あらゆる公共料金がタダ。

はては買い物だって無料で済ませられるこの街はまさに天国。


ただし、健康をキープし続けなければならない。


それがこの街に暮らし続けられる絶対のルール。

不健康なものは追い出されてしまう。


とくにこの時期は追い出しラッシュだ。


「室温よし。湿度よし……と」


家に帰ればまず部屋が適温であるかをチェックする。


気温差が大きくなりやすい季節の変わり目は特に要注意。

ちょっとの油断で風邪になってしまう。


食事だって気をつけねばならない。


無料で食べれるからといって、寿司だの焼肉だのを連日食べるようなやつはこの街に3日といられない。


腹をくだせば即アウト。

それに体の抵抗力を高めるのには食事が基本。


常に栄養バランスを考えつつ、常に火を通したものだけを口にする。

食事とともにサプリメントをとって足りない分は確実にフォロー。


同じルーティーンの献立をもうずっと続けているから、体は健康だ。


「ふふふ。私はやっぱり完璧だ。このままずっと健康まちがいなしだ」


食事を終えると運動着に着替えて外へ出る。


家の中でずっといればよいというわけではない。

健康を維持するには適度な運動が必要だ。


私の完璧なヘルスモニター生活計画に抜かりはない。




翌日。


私は体がだるくて布団から出られないでいた。


「なんだこのだるさは……まさか……!?」


頭はぼーっとして考えがまとまらないし、体はだるくてやる気も起きない。

ヘルスシティに来てから初めての体の変調だった。


「た……体温をはかろうか……い、いや、もし熱があったら……」


体温計の記録がどこに送信されているかわからない。

まかりまちがって高熱でもあったなら、もうこの天国にはいられない。


私に残された選択肢はただひとつ。


「誰にも気づかれずに治すしかない……!」


私は近くのスーパーに向かった。



「いらっしゃいませーー。のどあめ、のどあめ、のどあめ……が10点?」


店員はバーコードをよみつつ怪しい目をこちらに向けてきた。


「あ! 私じゃないですよ!? 私はアーティストのマネージャーで。

 ほ、ほら! 声をよく使う仕事なんでね!?

 うちのアーティストがどーーしてもっていうから買ってるんです!」


「スポーツドリンクに、おかゆ……。

 プリンにしょうが、ねぎにだいこん……あの、もしかして」


「あーー! レコーディングがはじまってしまうーー!!!」


買い物袋をつかむと慌てて会計レジを出た。


1箇所の店でたくさん買うんじゃなかった。

変に怪しまれてないだろうか。


あの店員がヘルス監視局に通報でもしたら……。


「だ、だいじょうぶ! 奴らが来たときにはすでに風邪を治していればいい!」


奴らが来てもなにくわぬ健康体で出迎えればなにも怖いことはない。

あとは風邪を治すだけだ。


家に戻るとガンガンに暖房をつけて、体をぽっかぽかにしながら布団にくるまる。

水分をしっかりとりつつ安静に過ごす。


「完璧だ……! これで風邪もひとたまりもないな! 明日には健康体だ!!」




その翌日。


だるさは昨日よりも増していた。


「な……なぜ……治ってないんだ……」


風邪にきくあらゆる手段をこうじたはずなのに、不調は残り続けている。

今にも自分の部屋のドアを叩いてヘルス監視局がやってきそうで気が気じゃない。


普通なら風邪薬を飲むとか病院にいくとかいう選択肢があるはずだが、

あいにくここのはヘルスシティ。


不健康なひとは誰一人いないという触れ書きがあるので、病院もなければ薬局もない。


「ああどうしよう……! 早く直さないと監視局に感づかれてしまう……!」


そのときだった。



ドンドン!



部屋のドアを叩く音が聞こえる。


「あ……ああ……お、遅かった……」


ドンドン、とまた戸を叩く音が聞こえる。


ヘルス監視局がかぎつけてしまったのだろう。

ここで戸を開けなくとも強引に侵入されるのがオチ。


覚悟を決めると、死刑台に向かう囚人のような足取りで戸をあけた。


「えっ?」


立っていたのはスーパーの店員だった。

自分にうたがうような目を向けていた店員だ。


「あんた、もしかして不調ですか」


「ふふふふふ不調ちゃうわ!」


「ならなんでそんなに顔色悪いんですか!」


「うぐっ……」


素人にもそう思われるならごまかしようがないだろう。


「わかった認める……私はもう健康じゃない……。

 ヘルス監視局にでもどこにでも通報してくれ……」


「ちがいますよ。医者を紹介するっつってるんです」


「い、医者? バカな。ここはヘルスシティだぞ!? 医者なんているわけないだろう!」


「だからこそですよ。あなたみたいにヘルスシティを追い出されたくない人が闇医者を頼るんです」


「は! はやく紹介してくれっ! たのむ!! この体を早くもとに戻したいんだ!!」


店員はそっと地図を渡すと「できるのはここまでです」とだけ言った。


私は鉛のように重くなった体をひきずりながら、

でも不調だとは気取られないように健康をよそおって闇医者の待つ裏路地へと向かった。


路地の奥には看板もなく、電気もついてないような一軒家だけがあった。


「ここ……だよな……?」


健康だったら近寄りたくもない場所だが、

今はとにかく治してもらえるなら悪魔にだって魂を3割引きで売ってやる。


覚悟を決めて家に入った。


「いらっしゃい。あんた病人か」


「あ……ああ、このヘルスシティで唯一の医者があんただと聞いてここにやってきた」


「いかにも。私に治せないものはない」


「本当か!? 本当なんだな!? 絶対に健康にしてくれるんだな!?」


「もちろん。あらゆる病気を治してきたからな。ではオペを始める」


医者は聴診器を手に取り心音を確かめる。

最初こそよゆうのあった表情がみるみるくもっていくのがわかった。


「これは……なるほど……そういう……ことか……」


医者のひとりごとがますます私を不安にさせる。


「なんだよ! 私はなんの病気なんだ!?」


私の体からは嫌な汗がとまらない。


「ガンか!? それとも新種のウイルスか!?

 私の不調はいったいなんなんだ!?」


こうしている間にも体はますます不調になってゆく。

診察を終えると、医者は静かに告げた。


「あんたの不調は、精神から来ているものだ。

 最近、なにかを過剰に気にしすぎたりしていないかい?」


私の答えはひとつだった。



「うるさい! いいから早く健康にしてくれ!

 じゃないとこの街にいられなくなるだろう!?」

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