第37話

国方とソラはまだ砂浜にいた。



ぽつりぽつりと砂浜に現れる人。



「そういう事か」



ぼんやりと、家に帰る人々を見ながら、国方は呟いた。



さっきの、りえと母親と未来の三人のやりとりが、脳裏にまるで映像のようになって流れ込んできたのだ。



「妹……だったんだ。私、りえを疑ってひどいこと言ったよね」



ソラが思い出して苦しそうに言う。



「仕方ないよ、あの時は本当に皆混乱してたじゃねか」



そんなソラに国方が言う。



そんな時、どこからか声が聞こえてきた。



「あれ? 俺ら何してたっけ?」



「え? 家にいたハズなのに、なんで砂浜にいるんだ?」



「わけわかんねぇ。帰ろうぜ」



国方とソラはそちらに視線をうつす。



今まで自分がなにをしていたのか、どうしてここにいるのか全く覚えてない様子だった。



「結局、町の人を巻き込んだのは予定外な事だったんだな。まったく、人騒がせな」



言いながら、国方がソラの手を引いて歩き出す。



きっと、学校に帰ればキョトンとした顔でサヤカと安田が待っているだろう。



想像すると、ちょっと笑える。



家並みを縫って歩くと、そこには変わらぬ町の風景が広がる。



そして、様々な色の玄関。赤い扉は一つもない。



「けど、どうして赤い扉だったのかな……」



歩きながら、ソラがふと疑問を抱いた。



「あ?」



突然、国方が立ち止まり、一つの家に目を奪われる。



他の家は元の玄関の色に戻っているのに、その家だけは赤色のままだった。



しかも、その家は夢の中でりえが引きずり込まれたと言っていた……。



その家を見ていると、50代の夫婦が入って行く。



「あの人たちの家だったのか」



「元々、赤い扉だったみたいね? この家と何か関係があったんだわ」



一瞬、ソラはその家で話を聞こうかと考えたが、すぐに打ち消した。



「帰ろう」



と、今度はソラが国方の手を取る。



帰れば、りえがすべてを話してくれるだろう……。


☆☆☆


学校で我に返ったサヤカは「あっちゃぁ」と顔をしかめる。



昨晩の事はほとんど記憶にない。



けれど、確かりえとソラと国方と安田で、奇怪な事件を解決しようとしていた。



そこまではわかるのだが、気付けば職員室の自分の机で眠っていた。



そして、今目が覚めて目の前のまだ終っていない採点に顔をしかめたのだ。



どうしようかと、赤ペンを探しているとき、大きな音と共に職員室のドアが開く。



「先生」



そう言って入ってきたのは安田だった。



「あぁ」



どう返事をすればいいのかと、迷い、とりあえずそう返す。



「僕……、昨日どうしたんでしょうか」



いいながら、メガネを直す。



サヤカも首を振って「それが、私も記憶がないんだよ」



「そうですか……。地下室のことも?」



「地下室?」



首を傾げるサヤカ。



自分が教室から机や椅子を運び出し。



安田を引っ張り込んだことなど覚えていないのだ。



「とにかく、行ってみましょう」



そう言い、安田はサヤカを無理矢理引っ張って地下室へと向かった。



相変わらず、地下室は奇妙な雰囲気が漂っていて、教室の外に出されている机にサヤカがギョッと目を開く。



「これ、昨日先生がやったんですよ」



そう言い、安田は顔をしかめる。



サヤカは、安田から覚えている限りのことを聞くと、信じられない。



と首をふった。



けれど、安田の記憶も途中で抜けていることから、安田だって何をやらかしているのかわからない。



「あけてみよう」



そう言い、サヤカは閉まっているドアに手をかける。



そっと引くと、カラカラカラと微かな音を立てて扉が開く。



その瞬間、パッとセンサーラントが作動して、教室は明るくなる。



サヤカと安田は一歩部屋に入り、それから顔を見合わせた。



そこには、ただの真っ白な壁の教室があるだけ。



隅っこの方には空気清浄機が置かれていて、機械音が耳に付く。



問題の、あの赤い扉はどこにもなくて、ただ白い壁が続く。



「消えた……」



目をパチクリして、サヤカがグルリと見回す。



「消えたのか……。終ったのか、どっちでしょうね」



不気味に安田がそう言い、サヤカは「りえは?」と思い出したように言う。



「校内には誰もいませんでしたよ」



教室を出ながら、安田が答える。



サヤカはすぐに携帯を取り出した。



昨日使えなかったハズの携帯が、今は普通に作動している。



サヤカと安田は職員室へ戻り、それからりえに電話をした。



「もしもし?」



すぐにりえが出た。



「りえ? 昨日どうしたんだよ? 何があったのか覚えてないんだ」



深刻そのもののサヤカの声に、りえは思わず噴出してしまった。



「そっか。覚えてないんだ」



軽く笑ってそう言った後、りえは昨晩の出来事をサヤカにはなしてきかせた。



「そんな、バカな」



一通り話しを聞いたサヤカは思わず呟く。



すべてはりえの母親がやった事だと言うのか。



にわかには信じがたい事だけれど、りえの母親と妹だとすると話しは通じる。



「もしかしたら、お前が兄弟でもいればいいのにって思ってた事、気付いてたのかもな」



そう言い、サヤカはりえが家に泊まっていたときのことを思い出す。



「そうだね」



なんとなく、寂しそうなりえの声。



当たり前だ。



妹がいたと知ったのは、母親も妹も死んでしまったあとなのだから。



りえとの電話を切ると、サヤカは面倒くさがらずに安田にも話を聞かせてやった。



「僕の推理は間違ってたんですね」



と、言う。



きっと、物理的に解明できる。といった事を言っているのだろう。



「さてと。どうするかなぁ」



再び、サヤカはまだ終っていない仕事を思い出して、大きくため息をついたのだった。

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