第34話

「お母さん……」



りえは思わず笑みを作り、伸江に向かって駆け出した。



徐々に近くなる伸江との距離、そして、ハッきりと見えてくる伸江の悲しそうな顔に、りえは立ち止まった。



「お母さん……」



もう一度、そう呟く。



その瞬間、りえはハッと我に返った。



目を開くと、ソラを抱きしめている。



「大丈夫か?」



横には不安そうな国方がいて、りえはキョロキョロと辺りを見回した。



元に戻っている。



あの若い頃の母や父の姿もなく、ただ異様な足跡だけが見える。

「大丈夫」



りえはそう言って、ソラの体を離す。



それと同時に、ソラが崩れ落ちた。どうやら気を失っているらしい。



「ビックリしたよ、二人とも抱き合ったまま動かないし」



国方が、ソラを岩の上に寝かせながら、りえに言った。



「そう……」



りえはもう一度先ほどのことを思い出す。



あれは夢じゃなかった、現実にここであった事を見せられていたのだ。



瞬時にそう思っていた。



だとしたら、この場所は母と父の思い出の場所。



だから、この砂浜へやってきたとき、国方とは違う懐かしさを覚えたのか……。



「私、ソラを抱きしめながら若い頃の親に会ったわ」



「え?」



りえの言葉に驚いたように聞き返す国方。



りえは、そんな国方に出来事を教えてやった。



ここは両親の思い出の砂浜で、そして夢で見たあの家を、母親も見ていた事。




でも、あの女の子は私ではないこと。



国方は話を聞けば聞くほどにキツイ表情になって行った。



けれど、これまでにも非現実的な事が多々起きているのだから、信じるのには時間はかからない。



「なにか……、なにかあるハズだわ」



りえが必死に何か原因を探し出そうとする。



けれど、それがもし自分が生まれる前の出来事だとしたら?



少なくとも、自分が生きてきた中でこんな経験は初めてで、原因が自分にあるとも思えない。



そう気づいたとき、りえは一つの存在を思い出した。



「そうだわ」



思わず、大きな声で立ち上がる。



「どうした?」



国方もつられて立ち上がり、それから「なにかわかったのか?」と聞く。



りえは大きく頷き、ソラを振り返る。



「ソラの事、見ててね」



それだけ言うと、砂浜に二人を残し、りえは駆け出した。



始まりの場所へ


どうしてもっと早くに気づかなかったんだろう。



思えばそこから始まった話ではないか、それに、伸江のあの悲しそうな表情、あれは間違いない。



父親に、会いたがっているのだ……。



病院についた時は、すでに夜明けだった。



小鳥のさえずりさえ、気分を晴らさない、そんな中、患者専用の出入り口からそっと病院の中へ入っていった。



院内は静まり返っていて、足音一つしない。



自分の足音を気にしながらも、りえは早足に病室へと向かう。



個室なので、ノックをせずにそのまま入る。



すると、変わらぬままの父の姿がベッドにあった。



様々なチューブがつけられていて、ずっと眠ったままの父親の横に、りえは腰を下ろす。



「お父さん」



ゆっくりと、勇気へ話しかけた。



「お母さんが、何かを私に言いたがってるの。



それが、なんなのか私には理解できなくて……。



あの思い出の砂浜にも行ったわ。



けど、何を言いたいのかはお父さんの思い出の中にあると思うの……」



「だから、お願いだから目を覚まして?



ソラも気を失ちゃって目を覚まさないの。



ソラだけじゃない、サヤカも安田君もよ。それだけ、お母さんは何かを伝えたがってる……」



りえの声だけが、小さく病室にこだまする。




最初、勇気は軽症だと言っていた。



全くどこにも問題はない。なのに目覚めない……。



これも、お母さんがやってる事なの?



不意に、そんな思いがよぎる。



お父さんにも私と同じように何かの夢を見させているの?



だとしたら、どんな夢?



りえは父親の幸せそうな表情を見て、涙が出そうだった。



ここにくれば何かがわかると思ったのだが、りえは肩を落として病室を出ようとした。



その瞬間聞きなれた声が「りえ」と名前を呼んだ。



振り返り、りえは目を見開く。



「お母さん」



ようやく、目の前に母親が姿を現してくれた。




先ほど見た悲しい表情ではなく、穏やかな母の顔。



「色々とやってしまってごめんなさいね」



小首をかしげ、許しをもらうように言う伸江。



「じゃぁ、やっぱりお母さんが?」



「えぇ。どうしても伝えたい事があって、けれど、お友達をあんなに驚かせるつもりじゃなかったのよ。



町の人たちまでいなくなってしまって」

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