第32話
「この家。夢の中で見たのと一緒よ。夢の中でチャイムを押したけど、誰もいなかった」
りえはそう言い、再び導かれるように、夢でたずねた家を一軒一軒見て行った。
どの家も、気持ち悪さはあるものの、他に変わった所はどこにもない。
けれど。
この町には何かがあり、人々が住む家をなくしたのだ。
そして、りえは足の向くままに次の家へと歩いていった……。
その家は一見他の家と全くかわらない。
けれど、りえはその一歩前まで来て足を止めた。
今までにない気持ち悪さを感じて、吐き気がする。
「この家、何かあるのか?」
りえの様子に気づき、国方が聞いて来る。
「夢に出てきたの。この家のチャイムを鳴らすと、あの女の子が出てきて……。中へ引きずり込まれた」
りえの言葉に、国方は言葉を失う。
ただ、りえの肩に手をかけ「危ないから、もう行こう」と促す。
りえと、国方はその家を後にして歩き出す。
けれど、ソラはジッとその場に立ち尽くしていた。
なんだかわからないけど、すごくひき付けられて、その場から動けない。
ソラはチラッと後ろを振り向き、二人が遠ざかっていくのを確認する。
すると、躊躇することなく、その家のチャイムの鳴らしたのだ。
家の中でベルが鳴り響き、少ししてから「はぁい」と言う返事。
そして、キィィと音を立てて、扉が開く……。
りえの肩まである防波堤の向こう側に、砂浜が広がっていた。
コンクリートとコンクリートに人一人分の隙間があり、そこに急な階段が砂浜へと、取ってつけたように伸びている。
りえは一瞬国方を見て、それから階段を一歩下りる。
一面に広がる砂浜にハッと息を飲む。無数の足跡がまだはっきりと残っていて、ここを彷徨い歩いていたのだと物語っていた。
国方も一歩階段を下りると、妙な気持ち悪さを覚えて、手で口を塞いだ。
まるで、吐きたいのに吐けないような気持ち悪さ。
すぐそこまで異物は出てきているのに、喉に引っかかって出てこない。
「夢の通りだわ」
一番下まで降りると、静かにりえが言った。
国方は気持ち悪さを堪えながらも、全く平気そうなりえに「大丈夫なのか?」と聞く。
「え?」
まるで、何が? と聞くように振り向き、気持ち悪そうに顔をゆがめる国方に驚く。
「気分悪いの?」
「あぁ……。っていうか、ここの雰囲気がな……。りえちゃんは平気?」
「私は平気……。何だか懐かしい感じがするの」
そう言った後で、たしか夢の中でも懐かしいと感じていたと思い出す。
けれど、りえはこんな所に来た事はない。
もし、この町を知っていれば駅に着いた時点で思い出しているハズだ。
「みんなここを歩き回って一体どこに行ったんだろうな」
国方は、なんとか吐き気を押し殺し、辺りを見回す。
もう夜明けが近いのだろうか?
空が白みがかってみえるのは、目が慣れたせいか。
「わからない」
りえはただ首を振る。
けれど、その時少し離れた場所にソラが立っている事に気づいた。
「あれ?」
国方もそれに気づき、眉をよせる。
たしか、自分たちの後ろを歩いていたハズなのに……。
疑問を感じながらも、りえはソラへと近づく。
「ソラ、どうしたの? やっぱり気分悪い?」
俯いたままのソラにりえが聞く。
けれど、返事はなく、ただ波の音がやけに耳に付く。
「ソラ……」
呟き、りえと国方は何か妙なものを感じて目を見合わせた。
ゆっくり、顔を上げるソラ。
両目を見開き、りえをしっかりと捕らえている。
一瞬、体が動かなくてりえはソラに腕を掴まれる。
「りえちゃん! ふりほどけ!」
国方がこちらへ走って来ながら怒鳴るが、まるで体が動かない。
ジッと見つめてくるソラの瞳を見つめ返し、そのまま沈黙が続く。
その時、ソラは口を開いた。
「ごめんね」
意外なその言葉にりえは目を見開く。
それに、今の声、生前の母の声そのものだった。
「ごめんね、りえ」
優しく、りえを包み込むような母親の声に、りえはいつしか恐怖を忘れ、懐かしさまでがこみ上げてきていた。
「お母さん」
呟くように、ソラへ向けて言う。
ゆっくり、ソラがりえの頭を撫で、そして体を抱きしめた。
りえは目をつむり、母親を思い出す。
暖かくて優しくて綺麗で、少しおっちょこちょいだった所がかわいらしくて……。
そうしていくうちに、りえは自然とソラの体を抱き返し「お母さん……」と呟いていた。
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