第31話
☆☆☆
それから、何分くらいたったろうか。
ふと顔を上げると、国方とソラはウトウトと眠り始めている。
りえはそれを見て微笑み、「ごめんね」と呟く。
外は真っ暗で、一体今どのあたりを走っているのか全く解からない。
りえは窓枠に肘を乗せ、手に頭を乗せる。
相変わらず電車は一定の音を上げて走っていて、ほとんど人のいない車両を運んでいく。
この電車、終点はどこまで行くんだろう。
そんなことを考える。普段あまり電車を使わないりえは遠くの町まで言った事がない。
それは母親が死ぬ前から一緒で、母親が死んでからは更に遠出する機会はなくなった。
「お母さん、何を伝えたいんだろう」
ぼんやりと、そう呟く。
その瞬間、窓の外に微かな光が見えて、りえは目をこらす。
家や、外灯の明かりなどではない。
電車は走っているのに、まるでその光は電車についていくようにう動いているのだ。
りえは目をこらし、その光を見つめる。
光はたまに大きくなり、小さくなりを繰り返し、徐々に徐々にこちらへ近づいてきているように見える。
「ねぇ、ソラ」
なんだか気味悪くて、ソラの体を揺さ振る。
けれど、ソラは頭をダラリと垂れて、ピクリとも動かない。
「ソラ……?」
不安になり、ソラの顔を除きこむ。目をつむり、静かに呼吸を繰り返すソラ。
りえは横に座っている国方も揺さぶってみた、が結果は同じ。
ゆっくりと窓に視線を戻すと、光はすぐ近くまで来ていて、電車じゃなくてりえを追ってきているように見える。
その瞬間、黄色い光が破裂するように弾け、りえは思わず目を閉じた。
目を閉じていても、その眩しさは伝わってくる。
しばらく目を閉じていると、スーッと光が消えていくのがわかり、りえはそっと目を開けた。
窓に視線を移し、悲鳴を上げる。
自分の母親が、首だけの状態でベッタリと窓に張り付いているのだ。
その顔も、以前の綺麗だった母のものではなく、頬や額が血まみれで、ニヤリと笑ってこちらを見ているではないか。
りえは震えながらも母親の顔から目が離せない。
すると、大きく見開かれた母親のその目が、ゆっくりとりえの後方へと視線を移した。
りえも、つられて後ろを振り返る。
目の前に国方とソラがいる。
両目をえぐりとられ、大量の血が噴出す状態で、母親と同じように笑いながら、こちらへ近づいてくるのだ。
「やめて……」
声が震える。
目の前にはソラと国方、そして後ろの窓には母親。
愛しいはずの人たちの変わり果てた姿にりえは涙がこぼれた。
恐怖や悲しみではない、それを超えたものが体の中にこみ上げてくる。
国方の両手がゆっくりとりえの首にかけられる。
「……! りえ!」
ソラの声に、りえはハッと目が覚めた。
「え……?」
目の前で、心配そうにりえを除きこむ国方とソラ。
「大丈夫か? うなされてたけど」
「あ……うん」
夢? りえは大きく息を吐き出し、そっと窓を見る。もちろん母親の姿はなく、あの光も見えない。
「もうすぐ、つくぞ」
国方が下りる準備をしている。
「りえ、大丈夫?」
「うん」
りえが答えると同時に、到着の合図が鳴った。
☆☆☆
その駅は小さく、降りる人も乗る人も他にはいなかった。
三人はソラの足を気遣いながらも、ゆっくりと歩いてその町を目指した。
駅を下りたときから潮の匂いが鼻に付き、少し歩けば海だとみんなわかっていた。もうすぐ、もうすぐで謎が解ける。
そう思うと、徐々に歩調は早くなり、会話も少なくなる。
しばらく歩くと、町の入り口まで付いたのだろう、立ち入り禁止の文字と、工事用のコーンが見えてきた。
「人はいないみたいだらから、大丈夫だ」
国方が、広い道路を、見渡して言った。
隔離されていると言っても、ただ車が通れないように道の両端のコーンに紐をくくりつけているだけ。
三人はそれぞれに顔を見合わせ、それから紐を潜ってその町へと足を踏み入れた。
町にはいり、二・三分歩くと、すでに波の音が聞こえ始めていた。
周りにも、チラホラ家が見え始める。
りえ、ソラ、国方はその家のドアを横目に見ながら、歩調を緩めずに歩く。
すると、すぐに波の音は大きくなり、豪華な家並みが現れる。
りえはその光景と夢で見た光景がすべて重なり、何故だか息苦しさを感じ始める。
「砂浜、どの辺かわかるか?」
一人、先を行く国方が振り向きりえに聞く。
「たぶん」
頷き、りえは国方を並んだ。
無言のまま歩いていると、りえはまるで引き寄せられるようにひとつの家へと導かれていった。
もちろん、ドアは真っ赤で、気味が悪い。
「どうした?」
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