第24話

☆☆☆


しばらくしてりえが落ち着きを取り戻すと、まだ床に転がっている飴に目をやった。



確かに、覚えている。動物の形をしたいろんな色の飴。



それは、りえが子供の頃、母親の伸江がよくりえに食べさせていたものだった。



りえが泣いたとき、いつも伸江はポケットから飴を取り出し、「これで泣き止んで」と言った。



子供だったりえはその飴がほしくてわざと泣くことも何度かあった。



小さくて、甘くて、可愛くて。



りえは今でもスーパーでその飴を見かけると手に取ってしまうほど好きだった、母親との思い出の飴……。



「大丈夫か?」



サヤカがりえに熱いコーヒーを渡す。



「うん」



それを受け取って一口飲むと、ようやく生き返る気がする。



国方はさっきからなにやら落ち着かなさそうにウロウロと周りを歩き回り、安田は図書室へと向かっていた。



「国方、どうした?」



サヤカが国方に声をかける。



「あぁ……。やっぱ地下室になにかあると思って。俺、行って来る」



その場にいても解決しない、そう思ったのか、国方が立ち上がる。



「待て! 危ないから私が行く。国方は待ってろ」



念のため、片手に懐中電灯を持ち、サヤカがすぐにそう言った。



「けど……」



国方の言葉を遮るように「お前らは生徒だからな」と笑って見せた。



サヤカは一つ自分に気合を入れるように「よしっ」と言い、職員室を出る。



廊下に灯りはついているものの、何故だかその灯りは薄暗く、暗闇の中にいるよりもずっと気持ちが悪かった。



けれど、これも可愛いイトコのため、そう思い。サヤカは地下室へと向かった……。


☆☆☆


地下室は相変わらず気味の悪い雰囲気をかもし出していて、サヤカは身震いをした。



片手に懐中電灯、もう片方にはあの教室の鍵を持っている。



ほぼ毎日あの教室へ入っているが、この気味悪さは一体なんだ。



サヤカは自分でよくここに入れていたな、と関心したりする。



普段は何も気づかないが、そっちのほうがずっとよかったかもしれない。



サヤカは鍵をあけ、そっとドアを開く。



いつもなら入ってすぐにつくセンサーライトだが、反応しない。



国方がこの部屋に入ったときのように、寒気を覚えた。



サヤカは仕方なく懐中電灯で照らしながら、手探りで電気をつける。



二・三度瞬きをして、電気がつく。



教室の中はいつもと変わらぬ静けさで、白い壁がやけにチカチカして見えた。



サヤカはあの奇妙な音がした方へと近づいていく。



教室の片隅に、山積みになった椅子や机が散乱していて、それを一つ一つどかしていくのは時間がかかりそうだ。



「仕方ないなぁ」



サヤカはため息をつく。



国方が言っていた赤い扉のことなんかすでに忘れて、机や椅子を丁寧に直していく。



「だいたい、こんなに積み上げるから崩れて来るんだ」



グチグチと言いながら作業を進めていると、急にバタンッという音と共に入り口のドアが閉まった。



ハッと振り返るサヤカ。



しかし、そこには誰もいない。



次に、教室の電気がチカチカと点滅したかと思うと、真っ暗になる。



どうやら、廊下の電気まで消えたようだ。



サヤカはゴクリと生唾を飲み込み、懐中電灯のスイッチを何度か入れたり切ったりするが、さっきまで使えていのに今は役に立たない。



サヤカは二・三歩後ずさりをする。背中に壁が当たり、立ち止まる。



机や椅子が積み上げられる中、一人の女の子が立っているような影が見え、その瞬間、そこの部分だけが浮かび上がるように、光が差した。



「あんた……」



サヤカが目を見開く。



今まで気づかなかったが、その女の子はよく見るとりえそっくりなのだ。



女の子は軽く微笑みながら「私の家なの」と言う。



「え?」



聞き返すと、女の子は山積みになった机を指差し「私の家なの」と繰り返す。



サヤカは無言のまま女の子を見つめる。



次の瞬間。



山積みになっていた机が何かに弾かれたようにガタガタと音を立てて崩れ始めた。



強く息を飲み、口に手を当てるサヤカ。



崩れ落ちた机の向こうから、真っ赤な扉が現れる。



女の子はその扉へ向けてかけだし「ママ」と呼ぶ。



サヤカは震えだす手を押さえながら、その扉から徐々に離れていく。



この扉に近づいてはいけない。




そんな直感が働いたのだ。



「ママ」



女の子がもう一度呼ぶと、ギィィと嫌な音を立てて、その扉は開いた。



中から、影として一瞬見えた、あの髪の長い女がゆっくりと姿を現す。

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