第15話

「大丈夫。ただ……、私お父さんのこんな穏やかな顔見るの久しぶりで……お父さん、疲れてたんだね」



最後の方は呟くようにそう言った。



開け放たれた窓から涼しい風が入り込み、カーテンを大きく揺らした。



その瞬間、カーテンに写る人影。



「え?」



その影に気づき、ソラが眉をよせる。



ここは三階の病室なのだ、カーテンに自分たち以外の影が映るはずがない。



けれど……、一瞬見えたその影は三つ網をした女の子のような……。



そう思い。



あたりを見回す。



病室の端のほうに、小さな女の子が立っているのが見え、ソラはハッと息を飲み



「誰なの?」



と言う。



その声に、りえとサヤカも女の子の存在に気づく。



「あの子……」



サヤカが呟く。



昨日、この病院で見かけた女の子だ。



「いつからいたの?」



ここにずっといたのだろうか? でも、全く気づかなかったのに。



女の子は無言のまま寝ている勇気に近づき、ニッコリと微笑んだ。



「お父さんのお見舞い」



と、女の子が勇気の手を握る。



その瞬間、りえの表情が強張る。



「お父さん?」



「うん。リエのお父さんだよ」



無邪気な笑みを見せて言う。



「りえ?」



ソラが眉を寄せて女の子を見る。



「うん。リエはリエ、私の名前だよ」



その言葉に、りえは思わず立ち上がり「なに言ってるのよ」と後ずさりする。



「りえは私よ。この人も私のお父さんなの、あなたのじゃないわ!」



「違うもん、リエはリエだもん。リエのお父さんだもん」



真っ直ぐにりえを見据えて、そう言う。



「なんなのこの子……」



りえとソラが目を見交わせる。



「あんた親は? 一人?」



まるでなだめるようにサヤカがしゃがみ込んでそう聞いた。



「一人じゃないよ。リエのお父さんだもん」



「じゃぁお母さんは?」



サヤカの質問に、俯き口を閉じる女の子。



「リエなんて名前ウソなんでしょ? 人の話盗み聞きして私の真似してるんだわ、嫌な子」



と、りえがはき捨てるようい言った。



本当はさっきから背筋が寒くて、今直ぐにでもこの病室から逃げ出したい気分だった。



「そうなの?」



もう一度、サヤカが優しく聞く。



すると、女の子は顔を上げ、真っ直ぐにりえを見つめる。



「なによ……」



その目に圧倒され、背中に壁がつくまで後ずさりする。



「私のお母さん、三年前に死んだの」



一言、そう言う女の子。


その瞬間、誰もが言葉を失い、女の子は続けて言った。



「言ったでしょ? 私の名前リエだって」



サヤカ、ソラ、りえの三人は何も言えない。何も返せない。



りえの母親が三年前に死んだと知っているのは、学校内でもこの三人だけなのだ。



それなのに……この子は一体……?



「いや……」



りえが小さく呟く。



「りえ?」



サヤカがりえの異変に気づき、立ち上がる。



「私がりえよ……あなたなんかにお父さんはあげない!」



頭をかかえ、そう怒鳴るりえ。



「違う、リエは私。リエのお父さんだもん!」



「違うわ! 誰よあんた! 出てって! 出てってよ!」



叫びながら、りえは時計やティッシュの箱などを投げつけ始めた。



「りえ、やめて!」



慌てて止めに入るソラ。



けれど、そんなソラも見えていないのか「出てってよ! 家族なんだから! お父さんはたった一人の家族なんだから!」と怒鳴り続ける。



「りえ! 落ち着け」



パニックになっているりえを、サヤカが押さえつける。



その瞬間、女の子の姿が消えていることに気づき、ソラはあたりを見回す。



「りえ、大丈夫だよ。あの子いなくなったから」



ソラの言葉に、ハッと我に返り、大きく息を吐き出しながらその場に潜れ込む。



「いつの間に? どこへ行ったの?」



サヤカが聞くが、ソラはただ首を横に振る。



ガタガタと震えるりえの肩をさすりながら、二人は妙な胸騒ぎを覚えていた……。

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