第11話
「やってらんねぇ」
体操着姿でそう呟いたのは国方だった。
サヤカにどやされ教室に戻ったのはいいが、次の授業は体育。元々体を動かすことが嫌いは国方は前の学校でもサボりの常習犯だった。
「お前、今日も見学?」
そう言ってきたのはこの学校に来て最初に声をかけて来た只野弘。
弘は国方と違いスポーツが好きで、青春ドラマに出てきそうな爽やか少年。
国方とは正反対な弘だが、国方はこの男のことを嫌いではなかった。
「そう、腹いたくて」
「誰もが一度はつく嘘だな」
「ハハハ、ウソ嘘、恋の悩み」
体育館でクラスメイト達がバスケットをする中、二人は座りこんで話し始めた。
「恋? お前もう好きなヤツできたの?」
「一応ねぇ。二年の可愛子ちゃんなんだけど、友達にモッテモテで困ってるんだよね」
「マジで? あ、もしかしてC組の向井ソラちゃん? モテモテのお前と似合いそうだよなぁ」
二人が並んでいる姿を想像し、弘が言う。
そんな弘を一つこづいて「ちっげぇよ! 田村りえちゃん! あの子普通に見えるけど笑顔がすっげ可愛いんだよ」とのろける。
「田村りえ? へぇ、その子モテモテなんだ?」
「あぁ。その向井ソラちゃんが田村りえちゃんのこと好きなんだと」
「は? なにそれ」
「思春期の間に女が女を好きになることがあるんだとよ。
一時的なもんらしぃけど、今ソラちゃんはりえちゃんに夢中なんだって」
安田から聞いた話しを、そのまま弘に聞かせる国方。
「へぇ、よくそんなこと知ってるな」
関心したように言う弘に、「あったりまえだろ」と国方は笑って見せた。
「所でさぁ、お前地下室の噂って知ってる?」
話題が一区切りついたとき、弘がそう聞いてきた。
「噂?」
「あぁ。あそこでタバコ吸ってた奴が言ってたんだけどさ、どっかの教室から女の声が聞こえてきたらしいんだ」
わざと怖がらせるように、声を低くして言う弘。
「女の声?」
「そう、うめき声っていうのかな? 苦しそうな声がずっと聞こえてたらしい」
国方は少し考えて「女の子の声じゃなくて?」と聞く。
「は? 何それ?」
首を傾げる弘。
「いや……。それで? なんでそんな声がしたんだ?」
「さぁ? そこまでは知らないけど、いつも放課後地下室に行ったときに聞こえるとか言う噂だって。
あ、お前もタバコ吸いに行ったりしてるんじゃないの?」
「俺、放課後は真っ直ぐ帰るから」
「ふぅん? まぁ噂は噂だからなぁ」
そう言い、飛んできたバスケットボールを手に授業へ戻る弘。
「放課後か……」
国方はそう呟き、時計を確認した。
汗が頬につたい、安田はそれを手の甲で拭った。
教室はそれほど暑いワケではないのだが、安田の体温は急上昇する。
なにせ今日はB組とC組の共同授業が午後から行われていて、憧れのソラが間近にいるのだ。
しかも、準備室でのことがあってから、たまに向こうから声をかけてもくれる。
安田にとってこんな事生涯に一度あるかないかの出来事である。
「はい、次に植物のスケッチをしましょう」
理科の教師がそう言い、生徒達は大学ノートを開きペンを取る。
スケッチといっても顕微鏡でのぞき込んで細胞や小さな虫やらを正確に書き写せというのだから、面倒な話である。
「おい、ちゃんとしろよ」
安田はずっとソラの方を見ていたため、クラスメイトに頭を叩かれる。
「わかってるよ」
ムスッとしたままそう言い、顕微鏡を覗き込む。
あ~あ、こんなワケ分からない細胞よりも向井さんをスケッチしたいよ。
心の中でそうグチり、適当な図をノートに描く。
「うわ、お前下手だなぁ!」
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