第9話
そんな二人の様子を見ていた目が一つ。
「向井さん、そういうことだったんですね」
口の端をニヤリと上げて、いやらしく微笑むのは……、ガリベン君だった。
「おい、お前何やってんだよ」
突然後ろから声をかけられ、「ひゃっ!」と声を上げて飛び上がる。
「『ひゃっ!』じゃねぇよ、きもちわりぃな」
顔をしかめながらそう言ったのは、国方だった。しかし、二人に面識はない。
「だ……、誰ですかっ!」
と声を裏返らせて変な汗をぬぐうガリベン君。
「三年の国方。お前は?」
ぶっきらぼうにそう言う。
「三年……。あ、あの僕は二年B組の安田と言います……。
あの、一応委員会に所属しておりまして……。
あ、環境美化委員なんですけどね? 去年からやっておりまして、去年は書記で今年は副委員長でして……」
メガネを何度もかけなおしながら、安田は必死で自分をアピールする。
「で? その環境美化委員の副委員長さんが、C組の前で何やってんだ?」
「あ……、それはですね! あの……、C組の環境について調べておりまして」
「可愛い女がいれば環境がよくなるとか」
「可愛い女……、と申しますか、あの、それはですね、確かに向井さんのような美女がいることでこの場所の空気がなごむと申しますか……。
あ、だからといって向井さんを誘い出そうとか、そういう魂胆ではないですけれども、でも、一目見るだけでいいからと思いまして」
「ふぅん? だからこのカメラで隠し撮りかぁ」
「はい、隠し撮りっていうのは案外難しくてですね、特に向井さんはいつも親友の田村りえさんと行動するのでワンショット写真がどうしても……」
そこまで言い、安田はハッと我に返る。
見れば、国方が物珍しげに写真部のカメラをいじくっている。
「おお、なんかプロっぽいなぁ」
レンズを覗き込み、国方は小学生のように笑う。
「あ、それ友達から借りてるんで……」
国方の雑な扱いに、安田が慌てる。
「あぁ、そっか。でさぁ、その向井の親友の田村りえ、どこにいるのか知らない?」
カメラを返しながらそう聞く。
「田村さんですか? 先ほど教室から飛び出て行きましたけど」
「飛び出て?」
「はい。向井さんともめていたみたいで」
国方は眉を寄せる。
「遠くから見ていたダケでよく分かりませんでしたけど、向井さんは思春期の恋愛対象として身近な田村さんを選んでしまっているようでして」
「は? 恋愛対象?」
「はい。と、いいましても思春期ではよくあることなんですが、一時的に女性が女性に、男性が男性に興味を持ったりするんです」
「へぇ、それでもめて教室を飛び出た?」
「そうです。向井さんが走っていくのを追いかけてましたから」
「二人がどこに行ったかは?」
「たぶん……あそこでしょうね」
メガネをキラリと光らせて、安田は言った。
☆☆☆
理科の準備室。
普段は教員しか入らない場所だが、りえとソラはいつもここに出入りしていた。
理由は簡単、部活で準備室を使っていて、副部長であるソラがいつも準備室の鍵を携帯しているのだ。
部活と言ってもただの美術部なのだが、部員が少ないために部室がない。その為、理科の準備室を使わせてもらっているのだ。
もちろん、実験でつかうものやゴチャゴヤしたものは置いてあるが、すべて鍵着きの棚にしまわれている。
「ソラ、どうしたのよ」
荒い息を吐きながら、りえが聞く。
「別に」
りえとは対照的に、運動が得意なソラはいくら走っても息はきれていない。
「別にって……」
言いかけて、むせ込む。声を上げようとしたら更に体力を失ってしまう。
ソラは教員用の椅子に座り、ブラブラと足を揺らす。
りえは軽くため息をつき、「言いたくないなら別にいいけど……」と視線を宙に泳がせる。
次の瞬間、突然ソラが立ち上がり、りえにキスをしてきた。
一瞬、目を大きく見開くりえ。
「りえが他の人の家に泊まるなんて私イヤ」
涙で声が震えている。
「え? ちょっとソラ?」
どうしていいかわからずに、りえはただオロオロとするだけ。
そんな時、「おい、押すなよ」
「だって、見えないじゃないですか!」
とヒソヒソ声が扉の向こうで聞こえてくる。
りえとソラは目を見交わし、そちらに視線を向ける。
「押すなって! うわっ!」
その瞬間、引き戸だった扉がガタッと外れて、国方と安田が重なり合うように扉と共に倒れ込んできた。
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