第8話

「うそ……」



思わず後ずさりするりえ。



「どうぞ、入って」



女の子が、りえの腕を掴む。



とっさに引き離そうとするが、信じられない力で掴まれていて、離れない。



「入って」



女の子が繰り返す。



「さぁ、はやく!」



思いっきり引っ張られ、りえはバランスを失い、玄関の中へと転げ込んだ。



その瞬間、大きな音を立てて閉まるドア。



「いらっしゃい」



目の前の、満足そうに微笑む女の子の顔は、血にまみれていた。



「きゃぁぁ!」



大声で叫び、りえは飛び起きた。



全身にビッショリ汗をかいていて、胸に手を当てると爆発しそうなほど早く打っている。



「りえ!?」



その声に驚いてさやかも飛び起きる。



「夢?」



あまりのリアルさに、目が覚めても夢だと自覚できない。



「どうした? こわい夢でも見た?」



「うん……、大丈夫」



必死で今のは夢だ。と自分に言い聞かせ、落ち着きを取り戻す。



「うわ、もう遅刻じゃん!」



サヤカが枕元の時計を確認して声を上げた。



「うそ」



りえも時計を見ると、一時間目が始める五分前。



二人は慌てて準備をして、遅刻とわかっていてもサヤカの車で学校へ向かうこととなった。


☆☆☆


結局、二人そろって遅刻したりえは後になって勇気の病院へ行くのを忘れていたと思い出した。



あの妙な夢のせいですっかり自分のペースを崩されている。



「りえ、何か元気ないね?」



そんな様子のりえに敏感に気づき、そう言ったのはもちろんソラだった。



「うん。昨日お父さんが事故で入院しちゃって」



ソラになら何も隠す事じゃないと思い、そう言った。



「事故? 大丈夫だったの?」



驚いたように目を見開き、聞き返す。



「ケガは大したことなかったけど、一応何日かは入院するみたい。今日、学校が終ったら病院に行く」



「そうなんだ……。りえの所誰もいなくなるんだね」



俯き、深刻そうに言うソラに「大丈夫だよ。お父さんだってすぐに戻ってくると思うし」とりえは笑う。



「ダメよ! だってその間りえは一人なんでしょ?」



「まぁそうだけど、でも、昨日はサヤカの家に止めてもらったし」



「サヤカって?」



「あ、数学の小野先生。イトコ同士なんだ、言ってなかったっけ?」



りえはとっくの前にサヤカといとこ同士だとソラに言っていたつもりが、言い忘れていたらしい。



「知らなかった……」



少し寂しそうな表情になる。



「あ……、えっとごめんね? でも、サヤカがいるから大丈夫だからね?」



ソラの不安をなだめる為に言ったつもりだった。しかし、その言葉は逆にソラの気持ちを逆なでしてしまったのだ。



「私は大丈夫じゃないよ」



「え?」



「私はりえが小野先生を頼りにしてる事とか、全然大丈夫じゃないよ!」



突然大声でそう怒鳴り、教室を駆け出すソラ。



「あ、ちょっと!」



わけがわからず、りえは混乱する。



「何々? どうしたの?」



「ソラ、泣いてたじゃん、いいの?」



周りの友達が何事かとりえに声をかける。



もう、何だって言うのよ!



りえは心の中でそう怒鳴り、ソラの後を追って駆け出した。

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