第5話
「あ~あ~あ~! 疲れた!」
家に帰ると、自分の部屋のベッドへダイブするりえ。
一日でファーストキスを奪われたり理科の実験で爆発させて怒られたり親友のソラにまでキスされたり……。
「なんなのよ」
思わず、ため息とともにそんなグチが漏れる。
普通に生活してきたつもりでも、生きていく上では困難は避けられない。
その困難とはこういうことなのか……。
そう思いながら、さっさと着替えをすませて夕食の準備をする。
「あ~、やる気でない。冷凍のシチューでいいや」
そう呟くと、冷凍していたシチューを解凍して手早く生野菜サラダを作る。
ドレッシングも、りえのお手製だ。
けれど、ふとリビングのソファに体を沈めると頭の中に浮かぶのは国方の唇と、意外にも美少年だった彼の顔。
たぶん、彼が美少年だったからこそ、りえの頭に残っているのだと思う。
顔が見えない状態でキスをしても、顔がガリベン君のようなら一瞬で記憶から削除していたに違いない。
ぼんやりと国方の顔を思い出していると、突然電話が鳴り出してりえは一瞬飛び上がるほど驚いた。
「誰よ」
バクバクと鳴る心臓をなだめつつ、ディスプレイを確認する。
着信、≪小野サヤカ≫
「もしもし?」
すぐに受話器を取る。
「もしもし、りえ?」
「うん。どうかしたの?」
慌てている様子のサヤカに、りえは眉を寄せる。
「あんたのお父さん、交通事故にあったって! 今病院からこっちに電話があった」
「え……?」
突然のことで頭が動かない。
「今からあんたのところ行くから、おじさんの着替えとか用意して出る準備しな!」
それだけまくし立てるように言うと、プツッと電話は切れた。
しばらくの間、誰もいない部屋の中立ち尽くす。
事故……、お父さんが……交通事故。
何度も頭の中で先ほどの電話の内容を繰り返す。
「……大変!」
ようやく、内容を理解できたりえは、慌てて洗面所へ向かう。
「えっと、下着とタオルと洗面具と……」
いちいち一個づつ口に出して確認しながらじゃないと、何を準備すればいいのかわからない。
それでも、何とか勇気の荷物を準備して、作っておいたサラダにラップをかけて冷蔵庫に入れる。
こんな時でも、節約のためにテレビなどのコンセントも忘れずに抜くところなど、本物の主婦のようだ。
「りえ!」
準備が終った頃、丁度イトコのサヤカがやって来た。
サヤカも慌てていたのだろう、学校で着ていたスーツのままだ。
「ねぇ、事故って酷いの?」
サヤカが運転する車の中、後部座席でりえはそう聞いた。
「今手術中。まだどうなるかわからないけど、入院は避けられないよ。あんた、一人でも大丈夫? しばらく家に来てもいいよ?」
「うん……。お父さんの様子見てから決める」
自然と、気分が落ち込み、声が小さくなる。
外は暗くなり始めていて、パラパラと雨が降り出した……。
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