第2話
☆☆☆
「りえ? どうしたの?」
理科の実験室、ぼんやりと片手にフラスコを持つりえに対して、同じ班の向井ソラが肩を叩く。
「え? あぁ、別に」
りえはひきつった笑みを見せて、実験を再開する。
「大丈夫? なんかさっきからぼーっとしてるけど」
ソラが、クリクリとした大きな瞳に不安の色を浮かべてそう聞く。
「大丈夫! えぇっと、これとこれを混合して……」
慌てて、りえはタバコ臭いファーストキスのことを頭から消して、緑色の液体と水色の液体を混合する。
「あ、それ……」
ソラが大きく目を見開いたとたん、ドンッという爆発音と共に、液体が爆発したのだ。
「それ、混ぜたらダメだよ」
呆然とするりえに対し、ソラは一言、そう言った。
結局、その後担任の川村から二時間の説教を受け、割れたフラスコやらビーカーやらの弁償をさせられることになってしまった。
「悲惨だったね」
職員室を出ると、そこでソラが含み笑いをしながら待っていた。
「悲惨所じゃないよ」
と、大きくため息をつく。
「ははは、二時間も剥げ頭に説教されたんだもんね。
目がチカチカしない?」
ソラは可愛い顔と裏腹に意外とキツイことをスラリと言ってしまう。
「するする」
りえもつられて笑いながらそう答え、ふと気づく。
「そういえば、今授業中だよね? ソラ……」
どうしてここにいるの? と聞こうとして、「サボった」とすぐに返事が来た。
「待っててくれたの?」
「さぁねぇ? 帰り、ジュースおごってね」
きっと、ソラは二時間ずっとここら辺で待っていてくれたのだ。職員室を出入りする教師から身を隠しながら。
りえはそう気づき、胸の奥が熱くなる思いだった。
二人はそれから無言のまま教室へ向かった。なにせまだ授業中なのだから、足音まで忍ばせてしまう。
「りえ、開けて?」
教室の前まで来て、ソラがりえの後ろに隠れる。
「えぇ~」
嫌そうな顔をするりえ。
いくら教室の後ろから入ると言っても目立つ。
クラス全員の視線と先生の冷たい視線が向けられることは間違いないだろう。
それだけならまだしも、理科の実験で爆発を起こしてしまったのだから、どんな言葉を浴びせられるかわからない。
「はやくぅ」
ソラが後ろから急かす。
「わかったよ」
小声で会話をしてから、ソッとドアを開ける。とたんに、クラス全員の視線を体中に浴びるりえ。
「お、説教が終ったか?」
数学の教師である小野サヤカがニヤニヤしながらそう聞いてきて「はぁ」とりえは顔を隠すように机へ向かう。
「まぁ、りえは元気がとりえだから、気にするな!」
大声でそう言うサヤカに、りえは赤面して俯いてしまう。
サヤカの、女のくせに男まさりな性格は昔から変わっていない。
なんてこと言うのよこのバカ教師! いくらイトコだからってやっていいことと悪いことがある!
心の中でそう叫び、隣のソラに視線を移す。
しかし、ソラもまるで知らん振りで教科書をペラペラめくっているのだ。
それから約三十分間の数学の授業を、りえはうつむいて過ごすこととなった……。
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