第29話 ランド過去編 2

 『3日目』


 今日も我々はこの少年に精霊を宿す為に、精霊の種を近づけている。

 ここで城の兵士から呪いが1つ完成したと言われ、その呪いを使い精霊を身体に固定させた。


 『7日目』


 今日も食事を全て吐いてしまったようだ。属性以外の精霊が身体の中を暴れ回っているのか、痛みで痙攣をしている。身体は痩せ細りこの状態でもまだ生きている。もう叫び声は上げていない。


 『1ヶ月目』


 ようやく痛みに慣れたのか、精霊を宿すことに成功したのか、少しだけ話せる様になってきた。食事も少しだが取れるようになってきた。しかし目が見えていないのか、私達の事を判別出来ていない様だ。


 『2ヶ月目』


 今日から新たなる精霊の種を宿す日が来た。前回の精霊は火の精霊だったらしく、たまに暴発して自分の身体に火傷を作っていた。今回は最初から呪いで精霊を固定する。また叫び声が上がる。本当に申し訳ない…


 『3ヶ月目』


 今日は久々に家に帰れる。クルシス国に捕虜として捕まえられ、研究員としてその技術を買われ妻と一緒にあの少年の改造をしていたのだが、休暇として家に帰ることが許された。

 城の前で若い夫婦――と言っても自分らとあまり変わらないか――が、城の前で兵士に門前払いをされて泣いていた。

 話が少し入ってきたのだが、あの少年の両親だろう。そりゃそうだ。自分の子供が何ヶ月も帰ってこないんだ。心配になるんだろう。だけども、私達にも子供は居る。もう何ヶ月も両親が帰ってこないんだ…多分、うちの子も同じ気持ちだろう。


 『6ヶ月目』


 あぁ…妻が限界の顔をしている。毎日の様に聞いている彼の叫び声。私達の子供と同じ年の瀬の子供に毎日の様に拷問紛いの事をしているのだ。感覚が麻痺する日が来るのだろうか。


 『1年目』


 今日から3種族目の精霊の日だ。もう、声も上げていない。小さく呼吸音だけ聞こえている。涙も出ない、目に光も宿っていない、私達の声も聞こえていないのか返事も返してくれなくなってしまった。


 『3年目』


 ここまで長かった。長く辛い日々が流れていた。ここさえ乗り越えてくれれば、彼にも何か自由が与えられるのかもしれない。頑張ってくれ。4種族目の精霊を体の中に入れる。


 『5年目』


 妻が毎日泣いている。布団を被り僕に気づかれないように、毎日涙を流している。彼は、4種族目の精霊を入れた辺りから、息をしている廃人みたいになってしまった。


 『6年目』


 我々は何を造り出してしまったのだろうか。彼は確かにはずなのに…最近は我々の事を判別している。私達の声にも反応を示している。そしてみずから呪いを作成し、自分に呪いを掛けている傾向がある。それがなんの効果があるのか分からないが、何に対しても無表情であり、何の感情を示さなくなってしまった。


 『7年目』


 妻が毎日、この国に隠れて何かを作り始めた。呪いの一種のようだ。

 私達はもう限界なのかもしれない。この十二支剣と言うものを与える様になってから、彼の力は時折暴走する様になって来た。魔力が抑えられない傾向にある。


 『そして…』


 あぁ…これは報いなのかもしれない。これは、私達の罪なのかもしれない。こうなる事は私達は望んでいたのかもしれない。

 私の妻が隣で倒れている。出血の量が凄い…そして、私もだ。

 この量は助からないかもしれない。

 私達の前には、拘束具が外れ殺意をむき出しになった少年…ランド君が立っている。

 研究室は破壊され、今すぐ外に逃げれる様な大きな穴まで空いている。彼の目は赤く光り、私達に近づいてきた。

 長年、痛みや苦しみを与えてきた相手だ。それは憎くてたまらないだろう。

 ただ、彼は意識があるようには見えない…それでも真っ直ぐ私達に近づいてきた。

 まだ少し意識が残っていたのか、私の妻が彼に何かをしているのが見えた。それが何をしているのかは分からなかった。

 消えゆく意識、視界がぼやけて来た。ふと、この研究室だった場所にあった小さな窓の外に影が見えた。

 何故ここにいるのか分からない。1人でここまで来たのか、家で大人しく待っていると言う約束を破ったのか。

 私達の可愛い子供、一人娘が心配そうにこちらを見ている。


 「あぁ…すまない。これからも君を1人にさせてしまうな…。愛しい我が娘――愛花」

 

 

 

―――――――


 北の大陸が近くなり、周りの空気が冷え始めてきた。海には所々、氷山が浮いている。気温が低いせいか霧が濃く発生しているが、それでも船は真っ直ぐに大陸に向かって海の上を走り続けていた。

 ふと、愛花あいかは目を覚ました。昨晩は、ランドの話を聞いていたのだが、いつの間にか寝てしまっていた。何か嫌な夢を見ていた気もする。

 愛花にくっつく様に小さな寝息を立てていたハルも、愛花が目を覚すのと同時に目を覚ました。

 人間に近い姿をしているとはいえ、身体の作りは狼さながらであり、体温は高くとても暖かかった。

 そして、船の真ん中でたきぎも無く燃え続けている炎の熱も熱すぎず、周りの景色とは思えない暖かさがこの船を纏っていた。

 次第にいい香りが充満してくる。

 炎の上に、何かの海の生物であろう漫画のような巨大な魚の切り身が焼かれている。

 多分だが、寝ている間に誰かが仕留めたのであろう巨大な海の生物の切り身だ。

 この大きさから、相当大きな魚だと言うのが分かる。きっと、魔物の一種であろう。

 ずぶ濡れのロウとライが口論をしているが、ランドはボーっと頬杖をつきながら何も無い海を眺めているだけであった。


 しばらくすると、霧の向こうから、黒く大きな影が見えてきた。

 そう、当初の目的でもある『北の大陸』が見えてきたのだ。

 あの大地を渡り、反対側の海へあの黒い箱を捨てるだけという簡単な作業に、一日を費やした上で学校もサボらせられるということに愛花は少しイラつきを覚えた。

 

 

 

 


 

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