第25話 従魔
「はぁ……また派手にやったもんだなぁ」
夜のドルク帝国。と言ってもそこまで夜でもなく、陽が落ちてまもない時間帯。
街は買い物帰りの家族や、仕事が終わり1杯引っ掛ける為に酒場へと姿を消す者たちが居るような時間だ。街の隅からはほろ酔いした大人の陽気な鼻歌まで聞こえてくる。
そんな帝国の片隅にある小さな病院。
昔からある小さな病院は、夜もやっており腕利きの良いお爺さん先生と看護師の2人でやっており、訳ありな患者等が立ち寄る病院だ。
お爺さん先生は、針と糸を使いランドのちぎれた小指と薬指を器用に繋げていく手術をしていた。
手のひらの穴は、無理やり魔法で塞いだ形跡が残っていたが、神経が切れていたら大変だと言うことで、また傷口を開き確認している。
ランドは呪いで痛覚が無いため、麻酔もなく、ただその様子を肘をつきながら眺めていた。
「お前さんな。こんな事ばっかりやってたらいつか本当に死ぬぞ。全く……」
先生はぶつくさと文句を垂れるが、手を動かしサッサと作業を進めていく。
「先生。
人間のように青い髪の毛が肩まで伸び、頭の上からは犬の耳がピョコンと生えた
「ふむふむ。大丈夫じゃよお嬢さん。この傷、治したのはお嬢さんの魔法かね?とても綺麗に丁寧に治しているね」
手のひらの開いた穴をまた塞ぎながら、先生はハルに向かって笑顔で答えた。
人狼という事で差別を受けたり汚らわしく扱われる事があるが、先生はハルを見ても特に何も思わずその腕を褒める。
「ほら、これでよし。後はこれで支払いを頼むぞ」
先生は、手のひらサイズの機械を取り出すと、ランドは無言でその機械にクリスタルを設置する。
チャランと小さな音が鳴ると、支払いが終わる。
「おい人間!貴様が、我が
喉の奥から唸らせた声で、もう1人の人狼――ロウが、床に座っていた用心棒を睨む。
「ほら、ロウ!もう良いじゃないの!私たちは仲間なんだから」
仲間という言葉を聞きロウは黙るが、怒りを抑えきれないのかいつまでも喉の奥でグルルと唸り続ける。
「はっはっはっ!なんじゃラン君よ。お前さんの
「従魔……?」
「そうじゃよ。そこの人狼の2人は、お前さんと何かしらの契約をして、お前さんの事を
ランドの視線がハル、ロウと向いてから最後に、床に座っている用心棒の方に向いた。
看護師さんが熱いお茶を
「じいちゃん。アイツも俺と魂の契約をしたんだ」
先生は熱いお茶を飲んでいる途中であったが、ブフッと息と共に口の中に入っていたお茶を吹き出した。
「なんじゃと!?お前さん人間と魂の契約をしたじゃと!?」
それは長年聞いた事も見た事もないような話だった。
そもそも人間同士で契約と言うなら書面同士ですれば問題ない訳だが、そんな事もせずにお互いの魂を繋げる契約をするなんて前代未聞な事だ。
「俺はアイツが気に入ったからな」
ランドはニヤリと笑う。
同じ魂の契約者同士という事で、ハルは納得をしているのだが、ロウは不満が体全体から溢れ出ていた。
そもそも、魂の契約は人狼達の秘儀なのだが、ランドはその秘儀すらも完璧に覚え、ハル達の力を借りずともその場で用心棒と契約をしてしまったのだ。
「拙者は用心棒。人に仕え
用心棒がぺこりと頭を下げた。
用心棒はランドに付けられた傷があるが、そちらはハルが付きっきりで回復魔法で癒していた。そんな光景が、ロウは面白くないらしい。
「大体、こんな弱々しい人間が、
「ほぉ……この犬っころが。ならば拙者と一騎討ちしてみるか」
用心棒は立ち上がりロウを睨む。
ロウもまた喉を唸らせ用心棒を睨み返した。
「はいはいっ!もう……
喧嘩を止めるべくハルが2人の間に入る。そういえば、この用心棒の名前を聞いていないのかハルは用心棒に顔を向けた。
「拙者は、特に名を持たずこの国に来てからはずっと用心棒としか呼ばれておらんでござる」
「この国?……って事は、どこか別の国からやって来たんです?」
「そうじゃ。東の国からやって来たんじゃ。東の国の1つに、他とは違う異国の様な文化があってな。そこで、拙者はサムライというものをやっておったんじゃ」
サムライ……物知りのハルでも聞いた事のない言葉であった。用心棒のその容姿にしろ持っている武器にしろ、あまりこの辺では見かけない独特な物である。
「サムライ……じゃあ、用心棒さんの事は、次から『ライ』さんって呼びますね」
ハルはパンッと手を叩き、我ながらいい考えと言った提案を決めた。と言うより、用心棒に了承を得る前に勝手に決める。
「
ハルがパタパタとランドの元に駆け寄る。ハルのお尻から生えている尻尾が左右に揺れていた。
「おい人間!人の嫁の尻をなに眺めているんだ!」
「ハル殿は貴様の嫁さんなのか!こんな野良の様な犬に良い嫁よく捕まえること出来たな」
「なんだと……?」
再度、ライとロウが睨み合う。
「はぁ……
「大丈夫だろ。ほら、よく
看護師さんがランドの前に熱いお茶を差し出す。ランドはそれを受け取ると一気に飲み干した。
「そういえば、ライさんはこの後はどこに住むの?」
ハルの問いに睨むのを辞めたライは、少し考え込んだ。
そういえば、今まではあの悪党にとりあえず雨風凌げる場所を確保して貰っていたのだが、あの後はあの悪党も逃げ出してしまい住む場所が無くなってしまった。
「拙者は、
それはつまりホームレスになるという自信たっぷりの宣言に、ハルは少し考え無言でうなづいた。
というのも、この辺でそんな事をしてれば、帝国軍の見張りの兵士に直ぐにしょっぴかれてしまうだろう。
ハルやロウも、ランドが近くにいない状態で街を歩けばすぐにでも通報されてしまう。
とはいえ、主の従者である者が捕まってしまえば、主にも迷惑がかかる訳であるので、ハルはとある提案をしたのだった。
それは、自分達の住処にライを招くという事だった。
勿論、ライのことをよく思っていないロウは大反対を申し出たが、ハルの気迫に押され、渋々ライが来る事に賛成をした。
ハル達は、ドルク帝国から離れた暗黒の森の中にある洞窟に住んでいる。人間のような家とかでは無いし、身を隠すには充分な暗さと安全性がある。
ライ自身も、雨風しのげればどこでも良いと言った感じだった。
気づけば外はどっぷりと陽が暮れており街灯りがポツポツと着いている。
いくら街灯りが着いていようが、見回りの兵士がそこらにいようが、1歩帝国の外に出てしまえばそこは安全とは言えない。
ランドは3人を森まで送ることを提案したが、3人は大丈夫ですとそれを制止した。まぁ、この3人なら野盗に襲われようが魔物に襲われようが、問題は無いだろう。
マキマバラに一緒に行った女子達は、血まみれのランドを見て気分が悪くなり、マキマバラからドルク帝国行きの
近代文明であるスマート本は、後日手渡すという事になった。ここから更に調整をして、武器として認識されなければたとえランドと言えど使いこなす事は難しいからだ。
病院を出て、従魔達を見送り夜の街を歩き出した。心地よい風が吹いている。
街の商店街、お花屋さんやパン屋さんの店員がランドに気づくと手を振ってくれる。この街でランドを知らない大人は居ないんじゃないかと思うくらい街ゆく人々は、手を振ってきた。
どういう気持ちで手を振るのかはランドは分からないが、別に悪い気はしない。
ランドは笑顔でそれに応え、手を振り返す。
自分の家に近づいてくると美味しそうなご飯の匂いがしてきた。
空腹や満腹を感じることは無いけども、匂いを嗅ぐと何か懐かしい気持ちになる――かも。
次第に足早になってきた―――
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