第24話 喫茶


「ねぇねぇ、愛花ちゃんアレ見て…」


 雪音が指さす方に愛花の視線を促した。


 ここは、マキマバラの一角にある電器店。壁にはビッシリと訳の分からない部品が並び、素人しろうとが見ても何が何だか分からない物ばかりだった。


 だが、なかば強制的に連れてこられたこの街で、何をする訳でもなく行くところも無いので、愛花はただぼーっと壁にかけられた部品達を眺めてるしか無かったのだ。


 そんな時に、一緒に来ていた友達が肩を叩き指をさすので、促された方を見てみる。


 遠くからでも分かる巨大な体をした人間が3人立ち並んでいる。

 また何か問題が起きているだけだろう。あの人は毎回の様に問題を起こされるか起こすかしかしない。

 どうせすぐにでも解決するだろう――と愛花は視線を逸らした。


 しばらくすると轟音が聞こえ、またチラっと振り返ると既に事は終わっていた。

 多分、は使ってないだろうが、それ抜きにしてもあの人は強い。

 しかも、最近になってからあの人を従える者が増えてしまった。安易に近づくことも許されないだろう…自分は本当にあの人を殺す事が出来るのか分からない。

 近くにいる友人や姉に気取きどられない様にため息をひとつついた。


 彼は両親の仇だ。

 幼少期、偶然にも見てしまったあの光景を今でも忘れる事は無い。

 何処かの研究所に殺意に満ちた目をした少年。顔はよく見えなかったが、剣を片手に両親に突き刺している瞬間だった。

 横たわる両親の傍らで、一瞬だが胸に『龍の呪い』が見えた。その呪いの痕を持った彼こそが両親を殺した犯人なのだと。


 その後はどうしたのかも分からない。気を失っていたのかもしれない。

 気づいた時には遠く離れたこのクルシス大陸のドルク帝国にやって来ていたのだ。

 愛花はすぐにドルク帝国に住んでいた叔父夫妻の所に引き取られ、そして現在まで育て上げられてきたのだ。


 どうしてランドが両親の仇だと知ったかと言うと、叔父夫妻に引き取られてから間もないことであった。

 愛花はお使いを頼まれ街に買い物に来ていた。

 するとフードを被った同じ年頃の少年も同じく買い物に来ていた。表情は暗く死んだ魚の様な目をした少年。

 フードの隙間から、あの時に見えた龍の呪いが見えたのだ。少年は買うものを買った後、すぐに姿を消した。

 商店の女将さんに少年の事を聞いた。軍に飼われている少年で、昔はニコニコした明るい子であったのに、今では死んだ魚の様な目をした暗い少年になってしまったことを。

 街の人達もあの少年を心配しているのだとか。


 それからもしばらく、街の中であの少年を見かけることがあったが、いつも人目を気にしているのかフードを頭から被り暗い表情をしていた。そこから何年も姿は見ずに居たが、武装学園に入学するという事を聞いて、愛花は人を殺す技術を身につけ、そして現在に至るのだが――だが、彼の実力をたりにした今、なかなか仇を討つ事を成し遂げられなかった。


「…花ちゃん!愛花ちゃんってば」


 ハッと愛花は我に返る。

 買い物に来ていた彼の姉――弥生は、店員さんとの話が終わったのか紙袋を何個も手提げており、雪音が心配そうに顔を覗き込んでいた。


「どうしたの?お腹でも空いたの?」


 愛花は手をお腹に当てた。そう言えば、朝から何も食べていない。朝ごはんの前に軽く散歩でもしようかと思って街を散策していたら、急にランドに誘拐されたのだ。

 愛花は愛想笑いで答えると、雪音は少し怪訝そうな顔をしていた。


「ほら、買うもの買ったしどっかでご飯でも食べていこうか。ランドの奢りで」


 弥生は不敵な笑みを浮かべるとポンと愛花の肩を叩き店の外に出る。

 弥生の能力ちからで人の考えてる事が分かる訳では無いだろう。だとしたら、なんであんな笑みを浮かべたのかは分からないが、愛花と雪音は弥生に続いて店の外に出た。


「おーいランド!行くよー」


 弥生がランドに声をかける。

 声はさほど大きな声では無いし、店が離れている――とはいえ姿が確認できるほどだが――上にこの繁華街の中だ。あの声量じゃ絶対に届かないだろうなんて思っていたのだが、ランド達は小さく小走りで弥生の元に駆けてきた。


「また変なのに絡まれてたのかお前は」


 変なのと言うのは地面に倒れている3人組の事だろう。それしかない。


「買う物買ったし、どっか店で食事でもしよう。あと、お前は街の中で容易に精霊魔法使うんじゃないよ。ここは、


 その言い回しに少し気になるが、そもそも街の中で魔法――しかも、強力な精霊魔法――を使う事自体がどこでもダメな気がするが。


 しばらく歩くと少しオシャレなカフェがあった。この街の雰囲気に合ってないオシャレなカフェは、人気が程よくあり、混んでるわけでも無いが空いてる訳でもなかった。


「いつもここに買い物来る時は寄ってるカフェなんだよ」


 意外と弥生は地味なのに、行く所は結構オシャレな場所に行くんだなと、しみじみ思う。


 弥生はカフェの扉を開けると、扉の上についてるベルがカランコロンと音を立てた。

 その音に気づいて店員さんがやって来る。しかし、店員さんの笑顔が曇り険しい顔をして頭を下げる。

 どうやら、後ろにいる人狼ペットを連れて入店は出来ないとの事であった。


 ロウとハルはこういった差別や迫害は慣れてるようで、外で待ってると提案してきた。

 2人が外で待つなら俺も外に行くと今度はランドも言い出した。

 すると店員さんは、ならば外にテーブルとイスを出すので、そちらで食事をされては?との提案をされ、6人――4人と2匹――は表通りに面した場所で食事をとるはめになった。

 人通りの目を気にしてか、女性陣は通りを背にした席を陣取り、向かい合う様にロウ、ランド、ハルと人狼2人に挟まれる様にランドは座った。


 弥生は席につくなり机の上に今買った物を広げる。その中には、一世代前のスマート本もあった。

 工具箱を出しその中から特殊な形の道具を出すと、スマート本を分解し始めた。


「それって分解しちゃって良いんですか?」


 机に頬杖をつきながらその様子を見ている愛花。机の上は段々と色んな部品で埋め尽くされていく。その様子は、オーダーを取りに来た店員さんの顔がる程の散らかし具合だった。


「この子、基本的に何も聞こえてない状態だから…ってそれは知ってるでしょ?」


 そう言えばそうだった。だいぶ昔にそんな事を言っていた気がした。しかし、聞こえてないにも関わらず、声には反応するし何も不自由なく過ごしているので、不思議に思っていたのだ。


「この子、呪いで五感や感情が麻痺してるんだけど、そこを精霊を宿す事で今は補ってるのね」


 それはあの修学旅行で見た気持ち悪い視界。精霊の目を通して見ていたあの世界で、誰が誰だか判別していた事には驚きだが、それよりも聴覚まで精霊を宿して聞いているならばどんな風に聞こえてるのかなんて想像もしたくない。


「こういった機械から出た声とか多分聞き取れないと思うのよ。なので、このスピーカー部分を変えてあげたり…後はコレを武器として認識してあげないと」


 そのうち店員さんが次々と食事や飲み物を持ってくる。テーブルの空いたスペースに乱雑に置かれていく食物を弥生は手もつけず、スマート本の改造に没頭して行く。


「あ。お兄ちゃんの能力で弥生お姉ちゃんの能力使えば良いんじゃない?」


 雪音のいい事思いついたばりの提案にも顔は向けず黙々と作業をしながら弥生は軽くため息をついた。


「なんかあの子、使える能力と使えない能力があるみたいで、私たちの能力試して見たんだけど、使えたの睦月むつき同調どうちょう水姉みーねぇの『らぶパワー』しか使えなかったのよね」


 愛花は考え込んだ。

 この兄妹達は全員能力持ちという事が今初めて分かった。多分そうなんだろうと思っていたが、疑心が確信に変わった。

 本来、能力スキルなんてものは一般的には備えられない力なのだ。

 一般家庭で産まれた雪音や愛花なんかは、そんな特殊な力は無い。


「能力って何なんですか?」


 ふと、愛花の口から思わず声が漏れる。

 それは、相手の能力を聞いているのでは無く、能力そのもの自体が何なのかが分からなくなってしまったからだ。


「神の信仰…とか、女神の悪戯いたずらとか言われてるけど、実際は何なのか分かってないよ。ただ、この能力さえ無ければ私たちはかもしれないね」


 弥生の言葉に愛花はハッと気がついた。

 1年前、弥生は修学旅行で忘れられた都プリムに修学旅行に行った。そして、その能力で全ての真実をしまったのだろう。

 プリムが侵攻され崩落されてしまった理由を―――それは…


「やぁやぁキミ達食事中に悪いね」


 突然、全身ガラの悪いスーツを着たおじさんが話しかけてきた。サングラスをし、見ただけでガラの悪いと分かるような空気を出している。


「ちょっとさぁ、俺の可愛い子分3人がそっちに座ってるカッコイイ彼とそのペットにボコボコにされたって話聞いたんだけど」


 男は胸ポケットから煙草を出すと、火をつけた。タバコの葉が燃えキツい匂いに、ロウとハルが顔を歪める。


「これさぁ、どう落とし前つけてくれんの?」


 男が吐いた煙が塊となり弥生の方に向かっていく。


「ちょっとアンタさぁ!その臭い息こっちに向けて吐かないで貰っていいですか?くっさいし、煙で手元見えないんですけど!」


 弥生が振り返り男に怒鳴る。

 男は、その弥生の態度にイラついたのか、タバコを持った手を弥生に伸ばした。


スパンッ―――


 途中でタバコの丁度真ん中辺りから切れ、火のついた部分が地面に落ちる。


「弥生に手をだすんじゃねぇ」


 いつの間にか、弥生と男の間に"寅鉄こてつ"を持ったランドが立っていた。"寅鉄"はランドの魔剣の1つで、以前呪いの本を貫いた日本刀。

 研いでるという訳では無いが、その刀の先まで鋭くなっている。


「おぉ~怖い怖い。女を守る騎士様が登場か。だったらコッチも俺の騎士様を…」


 男が手を上げると、道を挟んだ反対側のベンチに座っていた男が、すっと立ち上がった。

 その男はあまり見かけない格好をしていた。はかまを着ており頭の上にはチョンマゲ風に髪を束ねており、年の瀬も40~50代程で、腰には刀を1本下げている。


「おい用心棒!このガキ共を懲らしめてやれ!」


 無精髭を携えたその面構えに、鋭い目でコチラをギラリと睨みつけてくる。

 用心棒がゆっくりとこちらに向かって歩いて来るので、ランドも向かって歩き始めた。今、気をつけないといけないのは、この男よりも用心棒と呼ばれたこの男だ。

 道の真ん中辺りまで来るとお互いに向き合う形で足を止めた。そこからは2人は、動く事もなくただ見つめ合う。

 緊迫した空気が流れる。その空気の中、先に口を開いたのは用心棒の方だった。


「そこで足を止めたのは、単なる偶然かそれとも狙ってなのか…」


 用心棒とランドの間は一定の感覚が空いている。


拙者せっしゃの攻撃が届くか届かないかのギリギリの範囲じゃな…」


 用心棒が小さくため息をついたが、息を止め足を1歩踏み出した。


「だが!甘いぞ小僧!」


 姿勢を低くし素早い動きで刀を抜く。

 学園Sクラスのククルの能力『神速しんそく』に引けを取らない程の速さだ。素人目から見ても手の動き、刀を抜く速度が見えないレベルだ。

 ランドもあまりの速さに目が追いつかなかった。

 間一髪、ギリギリの所で、いつの間にか自分の首目掛けて斬りかかってきていた刃を寅鉄で受け止めた。

 刀と刀がぶつかりその後に甲高い音が鳴り響いた。


「ほう…これを受け止めるか」


 用心棒が刀を引き向きはそのままに、後ろに1歩ジャンプする。

 今まで用心棒がいた場所に、今度は鞘が上から落ちてきて地面に刺さる。


「危ないヤツだな。拙者の剣技を受け止めるだけでなく鞘まで投げるとはな」


 用心棒が持っていた刀をまた自分の腰にかかっている鞘に戻した。戦う意思が無いわけでは無い。刀を戻さなければならない理由があるのだろう。

 今度は戻した刀に手を置き、腰を低く構えた。いつでも先程の技を繰り出せる体制をとる。


 しかし、ランドもこのまま黙ってやられる訳では面白くとも何ともない。

 だからといって、迂闊に突っ込めばまたあの技が飛んでくるのは目に見えている。だが、このまま対峙してる訳にもいかない。

 意を決して今度はランドが突っ込む。なるべく姿勢を低くし、地面ギリギリに相手に向かって地面を蹴り上げた。

 何故地面ギリギリに駆け出したのかは本人も分かってはいなかった。何か本能的に感じ取ったのかもしれない。これくらい低ければあの妙な技を繰り出せないのかと感じたからだ。

 その策は的中し、用心棒は小さく舌打ちをすると更に1歩後ろに飛んだ。


 それは本当にその瞬間、僅かなその瞬間に小さな隙が生まれた。ランドがその隙に気付かないわけが無い。

 鞘を拾いあげ更に深く踏み込んだ。


「"午槍ばそう"」


 ランドの手の中で、刀は消え魔力により形を変える。その手の中で刀は槍に形を変え用心棒に向かって低い位置から突き出した。


「甘いぞ小僧!」


 用心棒も唐突な槍の出現に一瞬慌てふためいたが、すぐに正気に戻ると冷静に刀のの部分で槍を横に弾いた。

 元から当てるつもりは無かったのだろう。槍が弾かれた瞬間にランドは左足を前にブレーキをかける。用心棒の空いた左脇腹目掛け勢いそのままに右手を突き出す。


「武器を囮に使ったか!だが!1歩及ばなかったな!」


 用心棒は直ぐに体制を整えると、また素早い動きで刀を抜いた。その刀はランドの突き出した右手の小指と薬指を切り落とし刃先がランドの肩を切り裂いた所で止まった。

 ランドはそんな事は気にせずに、手の中で止まった刀から手を伸ばし用心棒の刀を持った手まで到達させた。


「魔撃!」


 手の中で凝縮された魔力が弾け飛ぶ。その衝撃で、用心棒の手からは刀が離され身体が後ろに吹き飛ばされた。


「ぐっ……はぁはぁ……」


 用心棒の右手は粉々に砕かれ動かすことも出来ない。あばらも何本か砕かれているのか立つことも出来なかった。

 ランドは立ち上がり右手に刺さっている刀を抜き取ると、用心棒の方に歩み寄った。


「見事なり…我が命ここで朽ち果てようぞ」


 先程まで無邪気にご飯を食べていた少年の顔は無くなり、表情だけで人を殺せそうな顔で用心棒を見下ろしてきた少年を前に、用心棒は静かに目を閉じた。

 ランドは刀を器用に逆手に持ち替えると用心棒目掛けそのまま振り下ろした。




 

 

 





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