第23話 治安

マキマバラは電飾がかたどきらびやかな街。道はコンクリートで固く造られ、空まで届きそうな高い建物が立ち並び、待ち行く人々は無防備をさらけ出し歩いている。

遠方からの旅人らしかぬ人もたくさんいて、中には地図を片手にあちらこちら歩き回っている。

細々こまごまとしたこの街で目的の物を見つけるのは容易ではなさそうだ。


「いや~良いわマキマバラ。あっちよりこっちの方が都会って感じがするわ」


道の真ん中で大きく手を広げ鼻から息を吸い込み言葉と一緒に吐き出す。

弥生は何度もこの街を訪れた事があり、今となっては自分の庭かのように立ち振る舞えれる。

そんな弥生やよいの背中を見ながら立ち尽くしているのが、ランド。その隣にランドの腕にしがみついている雪音ゆきね。その反対側に愛花あいか。更にその後ろに、獣人で人狼の2匹が立っていた。


「あれ…?私なんでココに…。岩男いわお先輩ってなんなのアレ…」


愛花は小さくカタカタと震えていた。それはそのはず、休みの日という事もあり、することも無くただ街を散歩していたのだが、後ろから急にランドに捕まったと思ったら、先日からクラスに入り浸っていたランドのお兄さんの岩男先輩――白龍はくりゅうのあだ名で、身体が岩みたいにゴツイ大男なので名付けられた――が急に大きな白い龍になったかと思ったら、その背中に乗ってこの街まで連れてこられたのだ。

龍はとても速くとても高く飛び上がった。キラキラしたうろこはスベスベで掴むところもなく、ランドが持っていた縄か何かで身体を固定されていたにも関わらず、何度も落ちそうになり走馬灯そうまとうが頭の中を駆け巡っていた。


この街の端で背中から降りると、白龍はその姿のままどこかに消え去って行ってしまった。帰りもアレに乗るのかと思うと、今から気がどんよりと落ちていく。


「え?あなた、ランドと付き合ってんじゃないの?」


「え?」

「はっ?」


弥生はくるりと振り返り愛花に話しかける。その質問に、愛花と雪音が同時に声を出した。


「いやいや、そんな訳ないですよ」


急な質問に愛花が慌てて否定をする。だが、その表情は少し高揚とした顔をしている。


「そうだよ!お兄ちゃんが誰かと付き合うなんてナイナイ。ねー?お兄ちゃん?」


雪音の問いにランドは昔、赤龍せきりゅうに言われた事を思い出す。

それはいつの事だかは思い出せないが、赤龍が武器の扱いに対して教えていた事だった。

剣で戦う時は斬り合うといい、槍等の棒状の武器で戦う時は突き合うと言っていた気がする。

そして、斬り合う時も突き合う時も、どちらも殺し合う時だと言うこと。


愛花はあの森の中で確か俺の事を殺そうとしてたよな…でもあの時は突き合う様な事はしてないけど、殺し合う事はしていたから…


「俺と愛花は突き合っ(殺しあっ)てるぞ」


そのすっ飛んボケたランドの言葉に愛花と雪音がまた同時に声を荒げた。


「えー!!絶対ウソだって!お兄ちゃん絶対意味分かってないから!こんなコミュニケーション能力ゼロで馬鹿で顔だけの人が異性と付き合うなんてぜっっっっっっったいに無いんだから!」


何気に酷い事を言う妹。弥生は特に驚きもせずやっぱりと言った感じにウンウンと頷いていた。


「私の能力ちからであなたのその指輪見たけど、ランドから貰ったんでしょ?いつまでも大事そうにつけてるから、そうなのかと思ったのよね」


「いえ!ちゃんと見てください!これ、外そうにも呪われてて外せないんです」


愛花はバッと弥生の前に左手を広げその薬指にはめられた指輪を見せつけるが、頑なに弥生はそれが呪われたアイテムと言うのを信じようともせず、軽くあしらうだけであった。


「おぉ…主人マスターつがいが居たのは驚きでしたな」


「えぇ。きっと主人マスターに似てお優しい子供が産まれるんでしょうね」


ロウとハルが嬉しそうに話すその前で、雪音がギロリと2匹を睨む。というよりか、何故この2匹も一緒に同行してるのかと言うと、何をするのかよく分かってないランドが、ただ何となく呼び出したのだが、本来は奴隷として管理されている獣人が首輪も無しに街を人と一緒に歩いている姿は、周りの人の興味の視線を集めていた。


「ちょっと…ロウさんも、ハルさんも、からかわないでください。本当に違いますから」


「いやいや、愛花様。主人マスターの番となる貴方様が、私たちに敬称けいしょうなぞ不要でございます。是非、呼び捨てで呼んでくださいませ」


ぺこりとロウが頭を下げる。この犬達、絶対に分かってないと思い否定をしようとしたが、そこに弥生が話を割り込ませてきた。


「ほら、イチャついてないでそろそろ行くわよ」


愛花と雪音が反論しようとするが、弥生はさっさと歩き始めた。こんな訳の分からない所で迷子になったら一生帰れないと思い吐きそうになった言葉を飲み込んで後について歩き始めた。


しばらく歩いて行くと、街の一角というより中心街の方は繁華街になっており、建物の1階部分は道にまで店を開きありとあらゆる訳の分からない部品や機械などを売っている。


弥生はその中の1店舗の前で足を止めると、商品をまじまじと見始める。そこにすかさず店員が近づき何やら専門的な話をし始めた。

ランドは他の店先に置いてある花の周りを飛ぶ風船の玩具おもちゃに興味を示して見続けており、その光景をロウとハルが微笑ましく眺めている。


愛花と雪音はなんとなく弥生側につき、店員と専門的な話を聞いているだけであった。


――――――


「ねぇねぇ、可愛いワンちゃんだねぇ。それ、俺らにくれないかなぁ?」


ランドが玩具に夢中になっていると、突然背後から話しかけられた。

振り向くと後ろには、白龍の人間バージョンより更に一回りほど背の高い人間が3人横並びで立っていた。

3人共同じ顔をしており、身体もゴツゴツしている。普通の人なんかひと握りで潰してしまうほど大きな手をしている。

3人はニタニタ笑いながらロウ、ハル、ランドを見下ろしていた。


この街の住人達だろうか、街を歩く人達はコチラを見ては見ぬふりをして離れて歩いている。

多分、この街では有名なワルなんだろう。誰もこの無垢むくな少年――ランドを助けようとするものはいなかった。


「いけないんだぞぉ!獣人を首輪しないで放置したら!」


頭はツルピカで陽の光が反射している。


「仕方ないから俺らがコイツらを飼ってやるから」


ニヤニヤと笑いながら1人がロウに対して、大きな手をにゅっと伸ばしてきた。


「ふむ。ここで私たちが暴れたりしてしまったら主人マスターに迷惑をかけてしまうかもしれないが…」


伸ばしてきた手をひらりとかわすと、その手を足場に1歩踏み出す。

肘辺りでまた更に1歩踏み出し男の顎下まで到着すると、身体を後ろに半分捻り、その反動と勢いで男の顎目掛けて蹴り上げる。

スコンといい音と同時に、男はバランスを崩し意識が一瞬だけだが飛ぶ。


「申し訳ないが、私は主人マスター以外にく気は無いのでな」


ふらつく男の頭を掴むと、地面に落ちる重力と勢いで、その巨体ごと地面に叩きつけた。

ふごぉと言う鼻息と轟音を共に、叩きつけられた地面は割れ、男の顔面が地面に埋まる。


―――――――


「"静かなる水の精霊よ 怒り静かに悪を飲み込む濁流となれ"激流アブソリュート


ハルの詠唱が終わり手を向けた3番目の男の足元に、水の渦が現れると男は足をさらわれバランスが保てなくなり、後頭部から背後に思いっきり倒れる。

水の渦は男を倒すと、また何も無かったかのように姿を消した。

男が倒れるのと同時に、ロウが男を地面に叩きつけるのと同タイミングであった。


「ふぎょぎょ!?い…いちぼうさんぼう!大丈夫か!」


真ん中の男から見て前後に倒れる男達をキョロキョロ見回しながら慌てふためき、訳の分からない叫び声をあげる。


「ロウもハルもやるなぁ…」


ぼーっと2人(匹)の活躍を見ながらふらっと立ち上がる。それにしても今日もいい天気だ。

こんな日は、野原で伸び伸びと昼寝でも――寝れないが――したい気分だ。


ランドは手を伸ばしグッと身体を伸ばす。痛覚は無いので別に腰が痛かったという訳では無く、ただ何となくな行動であった。


「一の坊と三の坊のかたきだぁぁぁぁぁ!!!」


真ん中の男がランドに向かい拳を突き出した。その巨体から繰り出された拳は、まるで壁が迫ってくると言わんばかりの感覚におちいるが、ランドは身体を伸ばし終わるとため息を吐き左手で軽く受け止めた。


「え?」


驚いていたのは男の方だった。

男はまさか受け止められるとは思わず、次の攻撃に移ろうと突き出した拳を引き戻そうとするが、力を入れようが、地面が割れそうな程足を踏ん張るがビクとも動かない。

歯を食いしばり、歯が割れそうな程噛み締めて拳を引くが、何をしても無駄だった。


ランドは男の必死さに、左手を離してあげた。

男は、勢いそのままに派手に転がっていき、向かいのお店へと突っ込んでいく。

店先に出していた商品は粉々に砕け散り、その巨体からか轟音が鳴り響き辺りはその光景に静まり返った。


「ぐふぅふぅふぅ…舐めやがって!」


頭の血管が浮き上がり、今にもはち切れそうなくらい怒り狂っている。

男は素早く立ち上がると、身体を丸め今度は体全体でランドに向かって突っ込み始めた。

その巨体とは裏腹うらはらに、速度スピードがあり、簡単に止められる程の勢いでもなさそうだ。

さすがにこれはヤバいと思ったロウとハルはランドを守る様に前に立ち構えたが、それを軽く振り払いランドが前に立つ。

そして、向かってくる巨体に指を指す。


「"風精霊ジン"」


突如、男の頭上に暗雲が立ち込めると雷が男目掛けて落ちる。

まばゆい閃光と共に轟音が響き渡り、視界が元に戻る頃には真っ黒に焦げた男が地面に倒れ白目を向いて気絶していた。


「せ…精霊魔法せいれいまほう…」


ハルがその光景を見て驚愕きょうがくしていた。

一般的に、魔法を使う場合は精霊の力を借りて発動するのだが、精霊魔法は精霊そのものを使って使用する魔法であり、精霊の名前を言う事で発動出来るのだが…その名前も精霊と自身が心を繋ぎ合わせる事で精霊の名前を知ることが出来るのだ。

並大抵の努力では到底到達出来ないので、この世界でも精霊魔法を使える人間というのも一握り程度しか存在しない。


「しかも、無詠唱むえいしょうでの発動とは…さすが、主人マスターです」


呆気あっけに取られたハルを後目しりめに、繁華街の道の真ん中では焦げたハゲ1人と倒れたハゲ2人。騒ぎは立てたくなかったのだが、さすがに見て見ぬふりは出来なかったのか、ざわざわと人集ひとだかりが出来てしまったのだ。

街の破落戸ごろつき3人と、首輪のない人狼が2ひき、さすがにが悪い。

ロウはランドに囁き顔を手で隠してながらそそくさと弥生達がいるお店の中へと3人は入っていった。






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