第19話 修学旅行編 均衡

季節は春を少し過ぎ初夏の暑い季節がやってくる。気温はそこまで高くは無いし、暑いという訳でも無い。

忘れられたみやこ『プリム』は、山を削って作られた要塞の様な都であり、その頂上に位置するこの城は石造りの為か少しひんやりとしている。

別に標高が高いからといって寒いという訳では無いが、その城の最上階に位置するこの部屋全体が凍えるかのような空気に包まれていた。

クレイは差し出した手を引っ込める理由が無く、満更まんざらでもなさそうな気分だったのに、どうしたらいいのか分からず固まっている。

それは愛花も同じであった。突然はめられた指輪をどうしたらいいのかも分からずそのまま呆然と立ち尽くす。

そんな2人を視界から外しあさっての方を見ながらどうしたらいいかも分からず、石造りの城の壁の間を歩いているアリの数を必死に数えるために全力を注ぐその他数名達。


「ゴホンッ」


この沈黙に耐えられなくなったのか男性が咳払いをした。その咳払いが部屋全体に響くぐらい時が止まってるかのような静寂な世界だったが、一気に動き出した。


「あー…うん。こら君たち!ここは立ち入り禁止区域だ。なんでこんな所にいるんだ!」


今更と言えば今更なのだが、まるで今までのやり取りはえていなかったのかと言わんばかりに話を強引に切り出した。


「え?あー…ごめんなさい!うちの兄が迷子になって探してたら迷い込んでしまって!」


ごめんなさいのポーズと共に雪音が動き出した。


「え?兄…?そうか、君はランド様の妹君いもうとぎみに当たるのか」

「あっはい!でも、血は繋がってないんですけどね!こっちの睦月お姉ちゃんや、水無月先生も血の繋がりは無いんですが、兄妹きょうだいなんです」


未だに固まったままの2人と、空気も読めず何をしたのかも分からずただぼーっと立ってるだけの兄を後目しりめに、右手と左手で水無月と睦月の腕を掴むと自分の前に押し出した。今はとにかく何でも良いからこの場の空気を壊して欲しかったからである。


「そういえば、先程は気にも止めていなかったが…もしかして、あの時王妃様が連れ出した子供達ですかな?」


まるで品定めをするかのように目を細め、前に突き出された2人をまじまじと見つめる。別にどこが違うとか何が違うとかある訳ではないが、男性には何か見分ける力でもあるのかもしれない。


「はい。私達は、あの時王妃様に助けられました子供達です。と言っても、この睦月だけはあの時は赤ん坊だったので覚えてません」


ポンっと睦月の頭を撫でる。


「そうか…名前からして君たちは『芸の一族』や『武の一族』混合の血族『暦一家こよみいっか』の者達か」

「はい…と言っても、私達の本当・・の兄弟達はあの戦で散り散りになりまして、血の繋がりがあるのは出来の悪い妹…皐月さつきというのが1人居るだけです。でも、睦月には血の繋がった兄…如月きさらぎが居まして、その従姉妹いとこ弥生やよいと続きます。今私が分かっているだけでは、『暦一家』はこの5人だけしか残ってないですわ」


水無月は深くため息をついた。

昔、この暦一家という血族は、このプリムで6割以上がこの家系が占めていた。数百、数千という数では無いもの達が、たかがあの一夜いちやで、今やこの5人しか確認できていない。


「他には、『龍の一族』が3人ほど私達の兄妹の中にいます」


赤龍せきりゅう黒龍こくりゅう白龍はくりゅう、この中で血が繋がっているのは、黒龍と白龍の兄弟。赤龍は違う血筋と聞いた事あるが、よく覚えていない。

水無月は、逃げた子供達はみんな同じ兄妹ということにした経緯を男性に話した。


「ふむふむ…なるほど。それで君たちは血の繋がってない兄妹と言うことなんですな。……で、何故あの二人は兄妹に入らなかったんです?」


男性が視線だけを未だに固まっている二人に投げかけた。水無月、睦月、雪音、友人が2人に視線を向けた。

急に話しかけられ肩を一瞬震わせ差し出した手を引っ込める。


「え?いや、私は生まれも育ちもドルク帝国ですし、ラン君のお兄さんお姉さん達とは武装学園に入学してから初めてお会いしたので」


愛花もハッと意識を取り戻しクレイの言葉にコクコクと頷いた。


「そう…なのか」


男性は余り納得して無い様な返事を返した。それとなく違う空気を感じたのかは分からない。


「まぁ…用は済んだのだったらそろそろ帰り」

「ちょっと待ったぁ!!」


男性の言葉をさえぎる様に、友人ゆうとが食い気味に叫んだ。今まで空気の様な存在だった男子学生に驚いた表情で顔を向けた。


「ちょっと待ってくださいよオジサン!なんすかこの部屋!下の部屋とは違ってなんかちょっと豪華な感じなんですが!」


階段付近に立っていた友人は、駆け足で部屋の真ん中まで入り込み周りをキョロキョロと見始めた。


「こらこら!ここはあまり足を踏み入れて欲しくない場所なんだ」


やれやれといった感じに男性は友人に歩み寄り腕を掴む。その反動で友人の視界の中にあの肖像画が映り込む。


「あれ?あの絵…下の階にあった奴は、隣に座ってた人の顔の部分が破れて見れなかったけど、ここのやつは見れるんだ」


そしてどことなく違和感を覚えた。隣に座っている女性の顔が、毎日の様に見ている気がする。

友人はグルリと首だけを回し、先程からずっとダルそうにぼんやりとした表情で立っている人物を見る。


「えー!お兄ちゃんそっくり!!」


いつの間にか男性の陰から雪音が飛び出て声を荒げた。その声に反応してか、気まずそうにしていた2人も興味本位に部屋の中に入り肖像画を見始めた。


「昔、この国をおさめていた王様と王妃様。常識もあってしっかりとした王様なのに、なんであんなだらしない子が産まれたのが不思議でならないのよね…」


ため息と共に愚痴が零れる。さっきから、水無月が放つ言葉一つ一つに悪意が篭っている気がする。


「ラン君はああ見えて意外としっ…」


しっかりしていると言いかけた所で言葉が止まる。クレイは思い出した。入学時の模擬戦で、武器を忘れたとかでその辺のホウキで戦っていた事を。

愛花も何かを言いかけたが言葉を詰まらせた。暗殺者の目の前で無防備に眠り始める人がしっかりしてる訳も無い。


「お兄ちゃんが、黒龍お兄ちゃんみたいに常識があってしっかりした人だったら、多分家出してたかも」


実の妹まで酷い言いようである。

ほぼ全員が頭を抱えた。謎が1つ解け新たなる謎が生まれる。それはもう学園の七不思議のひとつや都市伝説と言っても過言では無いくらいの謎であり、悩んでも仕方の無いことなのだが、この修学旅行が終わりの時を迎える。




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