第18話 修学旅行編 指輪の持ち主

「そういえば…まだ貴方様のお名前を聞いてませんでしたな」


頭を下げ終え、ふと思い出したかの様に男性は振り返る。

一緒に居た女性は確か…水無月と呼ばれていたな。彼の保護者か何かだろうか。

若い女性と言えば若いと思えるのだが、何かのTVアニメか何かのキャラクター物の服を着ていて、一際ひときわ目立って、ダサいと言えばダサい格好をしている。


「ランド…」


ランドはぼそっと答えた。

男性はその名前を聞いて顎に手を置き考え込んだ。


「ランド…様。あのお方はその名前を貴方様に付けたんですね…ふむ」

「え?その名前は、何か意味がある名前なんですか?災いを呼ぶとか、人の言う事聞かないでなりふり構わず敵陣に突っ込むとか、敵に捕まって拷問されてふたつきも、みつきも帰らずやっと帰ってきたと思ったら人の心配もつゆ知らずで『腹減った』の一言で済ませる様な子になる様に付けられた名前とかなんでしょうか?」


思わず水無月の口から愚痴がこぼれ落ちる。


「いやいや…あぁでも大方おおかた合ってるかもですな。この名前は、王妃様のひいひいお祖父さんの名前と同じなんですよ。遠い昔に聞いた事があります。とても手の付けられない様な人であったと…」

「そうなんですね。もしご存命ぞんめいでしたら、一発殴ってやらないと気が済みませんわ」


水無月は拳を固く握る。まぁ、ひいひいお祖父さんの話ならば、もう何百年も前の話だろう。そんな大昔の人なんて今はもう生きてるはずも無いだろう。

水無月は固く握った拳を引っ込めるとランドの手の中にある指輪をまじまじと見始めた。

何か不思議な力が込められてそうなシンプルな銀色の指輪。女性物だろうか…ランドの指には少し小さく感じる。


(これ、軍に報告したら取り上げられて研究だなんだ言われるわね…この子の形見の品だと思うし…内緒にしておいてあげるか)


水無月はその指輪を持ち上げると、自分の指にはめてみた。…だが、コトンッと音を立て指輪は地面に落ちる。


「あれ?今確かにはめたはずなのに…」


地面に落ちた指輪を拾い、今度は慎重に指にはめてみたのだが、指輪は指を通り抜けまた小さな音を立てて地面に落ちた。


「なによこれ!三十路手前のお前なんか結婚出来ないぞって言われてるみたいでムカつくわね」


水無月は容姿は良い。スタイルも良い。街を歩けば振り向かない男は居ないだろう。ただ、男が近づかないのはあの私服のせいだろうと男性は思った。


「水無月先生~!やっっっと見つけたぁ~!」


不意に部屋の入口から声が聞こえた。崩れかけている階段からひょこっとあどけなさが残る少女が現れる。その後ろからも何人かの少年少女達が息を切らせながら現れて来た。


「あら。意外と早かったわね」


水無月は地面に落ちた指輪を拾い上げ、小走りに近づいてきた少女の指にその指輪をはめてみる。


コトンッ…


「え?なんですかコレ?」

「雪ちゃんでもはまらないのか…睦月!ちょっとコレはめてみて」

再度地面に落ちた指輪を拾い、走って近づく睦月に手渡した。

階段と名前を呼ばれ全力で走ってきた疲労を他所よそに、手渡された指輪を慎重に自分の指にはめてみる。


コトンッ…


指輪はまた地面に落ちる。


「ダメね。何か不思議な指輪ね」


指輪を拾い上げそのままランドに返す。ランド自体は小さすぎて見えていないのか何度も落としそうになりながらも受け取った。


「持ち主を選ぶのか、もしくはランドがそれを相手に付けないといけないのか…んんー…」


考えてもきりが無さそうなのだが、今度はランドに指輪を縦に持たせ、そのまま自分の指を通してみたが、指輪はスッと指を通り抜けた。

ここまで来ると誰がやろうが指輪は通り抜けてしまうだろう。もしかしたら、兄妹きょうだいだから反応しないのかもしれない。

水無月はクルッと振り返る。


「ランド。今度はそのまま持った状態であそこのクレイさんに指輪をはめてみて」


急に名前を呼ばれクレイはビクッと肩を震わせた。


「え?指輪?ちょっと先生!まだ私達には早いですって!」


と照れながらも手を差し出す。

ランドは、クレイが立っている方に歩き出した。


そういえばあの子…あの視界でどうやって判別してるのかしら。本当に不思議だわ。

ランドはクレイの元にたどり着く。差し出された手は見えていないだろう。手を伸ばしガシッと相手の手を掴む。そしてそのまま指輪持っていた手を突き出した。

今度は指輪は地面に落ちることは無かった。


水無月も睦月も雪音も、この凍りつくような空気に耐えられなかった。息をどれだけ吸おうとも肺まで届かないくらい空気が冷たく重く感じた。

まだ、出会って数ヶ月ではランドは判別出来なかったのかもしれない。2人が同じ様な位置にいて、ランド視点では1つの大きな塊にしか見えてなかったのかもしれない。

そう…あの指輪は、クレイを通り過ぎ愛花の指に収まったのだ。


クレイは未だに差し出した手を引っ込めずそのままの形で固まっている。

愛花もまた何が起きてるのか理解が追いついて無い様だった。急に手を掴まれ指輪をはめられた。それも、左手の薬指に…。

身体の中の熱が一気に上がり顔を高揚こうようさせていく。空気が冷たく凍りついているはずなのだが、その熱だけが熱く感じた。

当の本人は、何が起きてるのか分かってないのか、ただいつものぼーっとした表情で立っているだけであった…。

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